昔むかし、一人の将軍と一人の司祭が幸運を求めて出かけました。いえ、幸運を求めて出かけたのではありません。二人は、大きな戦争で亡くなった兵隊さんの骨を探しに出かけたのです。
将軍は、その辛く過酷な行程の中で、いつか歳をとって引退をしたとき、孫娘に聞かせるための話をぼんやりと考えていた。
彼が祖国からアルバニアへとやってきたのは、先の大戦時、この地で命を落とした兵士たちの遺骨を引き取るためだった。
20年もの間、異国の大地で眠り続けてきた亡骸を、公式記録、生存者の記憶、遺族に残された手がかり、兵士が身につけていた認識票などを元に掘り出して、遺族の元に返すことが彼に与えられた任務なのだ。
祖国から彼の地に赴いたのは、将軍と司祭の二人のみ。
発掘作業に携わる現地の人びとがいて、次々と掘り起こされる大地を遠巻きに見つめる村人たちがいる。
撤退する前に味方の手でなんとか葬られた亡骸もあれば、様々な葛藤を抱く村人たちの手によって葬られた亡骸もある。
死者は無言のうちに最後の時の物語を語り、村人たちはその瞳の中に今なお癒えぬ傷と憎しみを宿している。
高い山々に囲まれたアルバニアの地形と、長く続く悪天候。
戦争の悲惨さ、残虐さ
人びとの志、欺瞞、嘆き、孤独
様々なものを飲み込みこんできた大地が、ひたすら掘り返されていく。
ぬかるみに足を取られ、身も心もボロボロになりながらも、遺体回収作業は続き、将軍は彼の率いる軍隊、腐食を防ぐための青い袋に詰め込まれた死者の軍隊を編成していく。
背筋が薄ら寒くなるような、暗く重い話であるにもかかわらず、語り口はやわらかで、非常に読みやすい。
そしてそれだけに、心にじんわりしみてくるものがある。
本作は戦後のアルバニアを代表する作家イスマイル・カダレの代表作で、イタリアとアルバニアでそれぞれ映画化もされているのだという。
本書でアルバニア語からの全訳を実現させた訳者の解説によると、カダレは引き出しの多い作家のようで、本書のように戦後あるいは近代アルバニアを舞台にした作品群や、直近の政治情勢などをあつかった作品群、さらには民間伝承などをあつかった物語に、神秘的・幻想的とも言える作品群もあるという。
日本に紹介されている作品はまだまだ多くはないようではあるが、これからもぜひ追いかけてみたい作家であることは間違いない。
(2012.5.1 本が好き!投稿)