かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

アコーディオン弾きの息子

 

 1999年、アメリカのカリフォルニアにある牧場の墓地に、ひとりの男が埋葬された。
墓碑には、英語、スペイン語バスク語という3つの言語でこの牧場で過ごした日々ほど楽園に近づいたことはなかったと刻まれた。

自分の墓碑銘を書き残したその男は、同時に『アコーディオン弾きの息子』と題する回想録をも書き残していた。彼の親友である作家は、バスク語で書かれたこの手記を元に、長編小説を書くことを決意する。

そうして、物語は1957年、後にアメリカで牧場主となった男ダビと、作家となったヨシェバが共に学校に通い始めた場面から幕を開けることになったのだった。

1964年、15歳の少年ダビは故郷のオババで、アコーディオン弾きの父と洋裁を手がける母の元で何不自由なく暮らしていた。
友人と連れ立っての電車通学。
彼の周りには彼と同じような比較的裕福な家の友人たちが集まる。
ヨシェバもそんな仲間のひとりだった。

同じバスク地方でも、彼らの暮らしぶりは、貧しい農村地帯のそれとは明らかに異なっていたが、ダビは時折そうした町の暮らしを抜け出して、母の生家でもある伯父の牧場で過ごす時間にやすらぎを見出してもいた。

そんなある日、ダビは、25年前のスペイン内戦の時、村で起こった虐殺事件に、父が大きく関わっていたのではないかという疑念を抱く。
父親は民族の裏切り者なのかもしれない。
自分が大切に思っている友人の父親を殺したのも父かもしれない。
周りが皆知っていることを、自分だけが知らずにいたのかもしれない……と。

やがて彼は父親に対する反発を胸に、過激な行動を伴う民族闘争へと身を投じ、大きな代償を払うことになるのだった。

父親との軋轢、恋、友情、郷愁……と、誰でも多少は身に覚えのあるあれこれが、切なさのあまり胸が痛くなるような旋律を奏でるが、それと平行して、バスクの人々が置かれた複雑な状況がズシンとお腹に響くような低音のリズムを刻み続ける。

なぜ、幸せになるために必要なすべては、私から遠く離れてあるのだろう。
ヘッセの言葉を反復しながら過ごした若き日々の回想録を書いたダビと、それを元に小説を書いたヨシェバという、一つの物語に二人の語り手、二人の作者が存在することで、物語はそれぞれが知り得なかったあれこれを互いに補完し合いながら進んでいく。



『早稲田文学 2015年冬号』に掲載された冒頭の1章を読んで以来、翻訳刊行を待ち焦がれていた作品をついに手にすることができ、訳者には本当に感謝しかない。

焦がれる気持ちがあまりに強くて、気がせいてしまい、どんどん読み進めてしまった感もあるが、繰り返し登場する「ミチリカ」(「蝶」)が意味するものはなにかという点や、二人目の語り手が「回想録」に及ぼす作用など、もう少しあれこれ考えてみたいこともある。

きっとこの先、長いつきあいになりそうだと思わせる作家とその作品でもあった。