かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

原爆句抄―魂からしみ出る涙

 

原爆句抄: 魂からしみ出る涙

原爆句抄: 魂からしみ出る涙

 

 

松尾あつゆきは自由律俳句を詠む俳人だ。
長崎で被曝した体験を俳句に詠んだことで知られていて、私もその句を以前、なにかの折に一つ二つ目にしたことがあったが、その句集は長らく絶版になっていた。
2015年、被爆70年の節目に復刊された時には、新聞その他にも取り上げられ話題になった。
そうした記事を目にして「ああ、あの句を詠んだ人の句集だ」という関心とともに「おおっ!版元は本が好き!でお馴染みの書肆侃侃房さんではないか!」といううれしさがあって、早速読みたい本のリストに入れたのだが、なかなか手に取る機会がないままに時が過ぎてしまっていた。

なにもかもなくした手に四まいの爆死証明

長崎の句碑にもなっているというこの句のとおり、1945年8月9日、長崎で被爆した松尾あつゆきは、妻と3人の子どもを次々に失い、たったひとり残された長女の看病をしながら、日記を書き、句を詠んだのだという。

炎天下で荼毘に付す。

とんぼう、子を焼く木をひろうてくる

他にしようがなくて、自ら遺体に火をつけて燃やすのだ。

ほのお、兄をなかによりそうて火になる

まるで真ん中にいるお兄ちゃんが弟と妹の手を引いて天に昇っていくかのようなほのお。

後年詠んだ句には、子の墓に水をかけるものがいくつもある。
そうした句を読むとき、先に読んだこの句を思い出さずにはいられない。

炎天、子のいまわの水をさがしにゆく

水を欲しがる我が子に、のませてやれなかった父の思いが、墓石に手向ける水にかさなる。

私はこれまで、句というものは、たとえて言うなら写真のように、ある瞬間をとらえて詠むもののように思っていた。
けれどもこの句集を読んで、一つ一つの句に込められた思いが集められたとき、それは時の流れを感じさせる物語になっていくものだと知る。

もちろん、巻末に収録された日記からの抜粋もそれ自体読み応えがあると同時に、一つ一つの句を解するのに多いに役にたつのだが、おそらくこの本を読むには、まずは収録されている順番に、一つ一つの句をかみしめ、それから凄まじい体験が克明に記された日記へと進む方がいい。

最後にお孫さんにあたる方の復刊によせた一文を読み終えてから、もう一度句を読み直す。

時には声に出して、時には涙しながら。
           (2017.5.16 本が好き!投稿)