かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『小公子』

 

小公子 (岩波少年文庫)

小公子 (岩波少年文庫)

 

 幼い頃に父を亡くしたセドリックは
愛情深い母と二人互いに寄り添いあいながらニューヨークで暮らしていたが
一度も会ったことのない父方の祖父ドリンコート伯爵の求めに応じて
跡継ぎとしてイギリスに渡ることに。
伯爵である祖父は周囲から高慢で頑固な孤独な老人だと評されていたが
そんなこととは全く知らないセドリックは
無邪気に祖父を尊敬し、
伯爵のかたくなな心をほぐしていくのだった……。


実を言うと、私は、子どもの頃から
このフォントルロイ小公子となるセドリック少年が大の苦手だった。
天使のような美しい外見と
これまた天使のような穢れをしらない清らかな心を持った少年は無邪気にも、
もっともいけ好かない嫌な人物としてイギリス中にその名を馳せた祖父のことを、
とても寛大で慈悲深い、
愛情溢れる優しい人物だと思い込んだというのだが…。

最初のうちこそ、知らなかったですむだろうが、
これが伯爵と一緒に住み始め、
しかもアメリカから一緒にやってきた母は
別の家をあてがわれて別居させられ
祖父とは母は一度たりとも顔を合わせもしない
そんな状況にあって、
その原因を推測できないとしたらどんくさいにもほどがある。

いかに周囲が周到に気を使おうとも
そこに流れる空気に気づかない方がおかしいだろう。
赤ん坊だって周囲がピリピリしていたら泣き出すよ。

子どもはね。わかっていないフリをしたって
わかっているものだ。

だから、フォントルロイ小公子となったセドリック少年は
よほどのまぬけか、よほどのたぬき。

それをわかっていないのは、
繊細な子ども心を理解しない大人の方だ。

長い間、そう思ってきたから、
再読もしなかったのだけれど……。

40年ぶりぐらいに再読して気づいたことは
この物語の主人公はセドリック少年ではなく
おじいさんの伯爵だったのだということだ。


つまりはこう

三人の息子のうち、一番目をかけていた三男が
アメリカで恋に落ちて結婚し、あげく早世してしまったことは、
元々偏屈で気難しがりやだった伯爵の心をますます頑なにした。
けれども長男次男を相次いでなくし、
とうとう跡継ぎとして、亡き三男の愛息がアメリカにいることを思い出し、
その孫を引き取って伯爵家を継がせようと弁護士をおくる。
貧乏人の女に育てられたアメリカ育ちの子どもなど
ろくなものではないだろうが、
それをいうなら爵位を継ぐはずだった長男も次男もろくでなしだったのだ。
さして期待もせずに迎え入れた孫息子セドリックは
素直でやさしく、正義感にあふれるばかりか、
自分を敬い慕ってくれる。
なんとまあ、この歳になってこんな幸せに恵まれるとは……。

そうそう、そういうおじいさん目線の話ならいろいろ腑に落ちるというものだ。

頑固な老人と貴族社会のタブーを打ち破る起爆剤となる少年を
アメリカから呼び寄せる設定や
アメリカとイギリスの言葉の違い、社会の違いを
対比させることによって鮮やかに描き出そうという試みもやはり、
大人ウケする設定だと言えるだろう。

作者のバーネットは元々
大人向けの小説を書いていたのだそうで、
出産を契機に児童文学も手がけるようになったのだとか。

『小公女』や『秘密の花園』に先駆けて書かれたこの作品はとりわけ、
大人目線で描かれているように思われた。

もっとも訳者の脇明子さんは、巻末のあとがきで、
セドリックがなぜ「幸せな誤解」をしたままだったのかという点について、
私のうがった見方とは違う、正統派の解説を加えられておられるのだけれど……ね。