かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

クリック?クラック!

 

 エドウィージ・ダンティカは1969年、ハイチに生まれた。
12歳の時、先に渡米していた両親の後を追ってアメリカに渡り、ブルックリンのハイチ系アメリカ人コミュニティで暮らすようになったのだという。

本書に収録されている物語たちは、そうした彼女自身の幼い日の記憶とともに、彼女の家族や身近な人々の記憶をたどりながら紡がれたものなのだろう。

苛酷な状況下でのハイチの人びとの、故郷の記憶を胸にアメリカで暮らす人々の、さらにはアメリカ生まれ育ったハイチ系アメリカ人の想いやその暮らしぶりなどが、詩的なほど繊細なタッチで描き出されている。

この短編集を読み解くためには、少しばかりハイチの歴史を知っている方がいい。

ハイチ共和国は、1804年、ラテンアメリカで初めて独立した国だ。
アメリカ大陸全体で見れば、アメリカ合衆国に次いで二つ目の独立国であり、世界初の黒人による共和制国家でもある。

だがこの誇り高い歴史ゆえに、他国の思惑も大きく絡んで、独立以来現在まで経済の低迷、政治的混乱が続いてきた。

たとえば、巻頭に収録されている「海に眠る子どもたち」は、カリブ海を漂流する難民ボートに乗り込んだ男性と、ハイチに残り恋人の無事をひたすら祈る女性がそれぞれ綴る、実際には交わされなかった手紙で構成された物語だ。

続く「1937年」は、白人化計画を掲げた隣国ドミニカ共和国のトルヒーヨが、ドミニカ内のハイチ人農園労働者ストを機にハイチ人の掃討作戦を指示したがために、たった1日で1万7千人から3万5千人もの人々が虐殺されたという史実を下地にしている。

もっとも、こうした歴史を知らなくても、語り手が「クリック?」と尋ねたとき、待ち兼ねたように「クラック!」と応える構えさえできていれば、ダンティカの紡ぐ物語を楽しむことは十分可能だ。

リズミカルに、詩的に、まるで語りかけるように紡がれる物語は、たとえそれが残酷な結末を迎えるものであったとしても、荒々しさや殺伐とした雰囲気とは無縁で、せつなくそれでいてどこか懐かしく温かみさえ感じられる。

彼女は書き続け語り続ける理由を綴る。
何千という女たちの声が、あなたのそのすり減った鉛筆の先から文字となって溢れ出すことを待ち望んでいる。なぜならハイチの女はみな台所の詩人だから。いまは亡き女たちの願い、それはあなたがあなたのお母さんからもっとたくさん話を聞くこと。たとえそれがパトワや方言やクレオールのようなわかりにくい言葉であったとしても。

「クラック!」
あなたの話をもっと聞かせて!!

            (2018.8.6 本が好き!投稿 )