かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『サブリナとコリーナ』

 

 

サブリナとコリーナ (新潮クレスト・ブックス)

サブリナとコリーナ (新潮クレスト・ブックス)

 

 “短編の名手アリス・マンローを思わせるような作家”
“デビュー短篇集にして2019年全米図書賞最終候補作”
“ヒスパニック系コミュニティのやるせない日常を生きる女たちを描く”
そんな前評判を聞いていたから、
読み始める前は ダンティカと マンローを掛け合わせて
女性の視点から移民たちの過去から現在までの様々な悲哀を描いた
短篇集なんだろうと勝手に思い込んでいたのだが、
そもそもそれは全くの誤解だった。

収録されている11篇の短編はいずれも
アメリカ、コロラド州の州都デンバーとその近郊の町を舞台にしている。
人口の三割以上がヒスパニック、ラティンクス、アメリカ先住民だというこの地域は、
全米でも最低水準の失業率を誇っている一方で
地域再開発による「高級化」が進んでいて、
元々そこに住んでいた人びとが
その町に住み続けられなくなるという事態に見舞われているのだという。

何世代にもわたって住み続けてきた家土地を奪われるその痛みは
収録作品の中にも繰り返し描かれている。

そうこれは“移民”の物語ではなく、
後から押し寄せてきた人たちの波の間で、
溺れそうになりながらもがき苦しむ人びとの物語だったのだ。

何度も出て行っては不意に戻る年若い母親に傷つく少女、
黒髪に青い目の美しい娘に死化粧を施す彼女の従妹、
白人との結婚を夢見る妹と拒んだがために障がいを負うことになった姉…

登場する女たちの多くは、
若くして恋に落ち、あるいは恋を知らぬままに、子を宿す。
そしてまた、子どもが生まれるとき、父親の姿はすでにないケースも多い。

貧困の連鎖が若者たちの未来に暗い影を落としてもいる。
中には大学建設のために立ち退きを余儀なくされた人々の子や孫を対象とする奨学金
大学に通う若い女性を主人公とする物語もあるが、
彼女もまた複雑な状況に身を置いていた。

どの物語も、読みながら胸の痛みを感じるほど切ないが、
不思議と後味は悪くなく
この決して幸運に恵まれているとはいい難い女たちが
苦痛や哀しみに押しつぶされそうになりながらもがいている姿に
どういうわけだか、目頭だけでなく身体の芯も熱くなる。

読み終えてしまうのが勿体なくて、
一日一篇と決めて読み進めたが、
訳者あとがきまで読むと、
また最初から読み直したくなった。

知らない土地の、知らなかった人々の物語だ。
だがなぜだかとても身近に感じる物語でもあった。