かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『夏物語』

 

夏物語 (文春e-book)

夏物語 (文春e-book)

 

 きっかけは先頃読んだ『サブリナとコリーナ』の著者カリ・ファハルド-アンスタインさんと川上さんの対談記事だった。

(ほう、川上作品は英語圏でも結構、読まれているんだなあ~)と思ったら、既にイタリア語にもドイツ語にも翻訳されて、それぞれの語圏で版を重ね、高く評価されているらしい。

川上未映子さんというと、以前、本が好き!でもちょっとしたブームになった『すべて真夜中の恋人たち』の作者であるということと、大きな反響を呼んだ早稲田文学増刊『女性号』を責任編集した人というぐらいしか知らなかったから、どんな作品なのかと気になって読んでみた。


東京でひとり暮らしをしている夏子の元に、大阪から姉と姪が連れ立ってやってきた。
9つ上の姉の巻子は39歳で、ホステスをしながら、緑子というもうすぐ12歳になる娘を一人で育てている。

この母娘は冷戦状態にあるらしく、緑子が母親の前で一切口をきかず、言いたいことをノートに書くようになってから、かれこれ半年以上にもなるという。

二泊三日の上京の一番の目的は、どうやら巻子が豊胸手術のカウンセリングを受けることにあるらしい。
読み進めていくうちに、そんなあれこれがテンポの良い大阪弁を交えながら、次第に明らかにされていくのだが、この方言、翻訳家泣かせだったりしないのだろうか。

もう1つ、作中には、小学生の緑子が誰にも見せずにノートに書き綴っている文章がたびたび登場するのだが、翻訳するとなると、こういうところも地の文との書き分けが難しそうだ。

読み始めたきっかけがきっかけだけに、初めのうちはそんなことがやたらと気になっていたのだが、読み進めるうちに、今度は子どもの頃から持っていたコンプレックスとか、最近になってお腹まわりよりも気になりだした背中についた贅肉のこととか、自分の身体のことが気になってきた。

不思議なことに物語の筋を興味深く、先を気にしながら追っている最中でさえ、頭の隅で常に自分のことを考えてしまうのだ。

それは、芥川賞受賞作『乳と卵』をリライトしたという第一部だけでなく、第二部でパートナーのいない夏子が、子どもが欲しいと切実に願い、行動を起こす段になっても変わらなくて、夏子の行く末を気にしつつも、私は私自身の存在しない子どものことなどを、とりとめもなく、とりとめのないようでいて結構真面目にあれこれと考え続けていたのだった。

登場人物の誰にも共感しないし、誰かに特別な好意を持つ事すらないにもかかわらず、私はこの作品が好きで、それもかなり好きで、どこがどうとはっきりいうことが出来ずにもどかしいけれど、なんだかすごいと思っている。
そしてこれもまたなぜだかよくわからないけれど、私はこの作品をものすごく個人的なもののように受け止めていて、誰かとなにかを共有したいとも思わず、ただひたすら、この本を読みながら、自分の身体のこととか性交のこととかあるいは子どものこととか、ものすごく個人的な、誰にも打ち明けたことがないようなあれこれについて考えていた自分を、少し醒めた目で振り返りながら、なんだこの本は、なんだかすごいなあなどと、つぶやいたりしているのだった。