かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『桜の木の見える場所』

 

桜の木の見える場所 (児童単行本)

桜の木の見える場所 (児童単行本)

 

 

 子どもはだれだって暗やみがこわい。
 暗やみは、ドアも窓もない部屋みたいなもの。子どもをつかまえて食べてしまう怪物がひそんでいる。
 でも、わたしがこわいのは、目のなかにある暗やみだ。

こんな書き出しで始まる物語は、9歳のマファルダという名の女の子が語る物語だ。

マファルダの目は、めがねをかけていないと、まわりじゅうに霧がかかったようになる。
病院の先生によると「スターガルト病」というのだそうだ。
およそ一万人に一人がかかるというこの病気になると、目にうつる物や人がちょっとずつ暗い影におおわれて、その影がだんだん大きくなる。
影が大きくなればなるほど、物に近づかないと見えなくなる。

マファルダの場合、去年までは5歩離れたところからでも見えたはずの鏡のなかの自分が、3歩の距離まで近づかないと見えなくなっている。
病気の進行は早く、そう遠くない時期に、暗やみの中で暮らすことになるらしい。
マファルダが不安になるのも無理はなかった。

そんなマファルダにできなくなることがあるのなら、いまのうちに大切なことのリストを作ってみたら?ととすすめてくれたのは、学校の用務員エステッラだった。

それでマファルダは秘密の日記に、「とても大切だけど、いつかできなくなること」のリストを書き留めたのだ。
エステッラの話は時々マファルダにはちょっと難しくて、リストのもつ意味は少し違っているかもしれなかったが、それもマファルダはそのリストを大切にしていて、箇条書きにした一つ一つのことが、出来なくなるたびに線を引いて消していくのだった。

ねえ、コジモ。お願いだから、手を貸して。
マファルダが心の中で、誰にも言えない苦しい胸の内を明かす相手は愛読書『木のぼり男爵』の登場人物コジモだった。

そんな彼女は思い出が沢山詰まり、なにがどこにあるかもはっきりわかる家から、両親が彼女の為にと選んだ学校に近く階段のない新しい家への引っ越しを拒み、コジモのように桜の木の上に一人で暮らそうと決意するのだが……。

両親と愛猫のオッティモ・チュルカレとエステッラ、そして新たに友となるフィリッポの支えを得て、マファルダが、ありのままを受け入れ、強くたくましくなっていく様子が胸をうつ。

訳者あとがきを含めて、すべてのページをめくり終えたとき、少女が「とても大切なことリスト」に記した大きな夢を実現させたことを知って涙がこぼれた。