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『オビー』

 

オビー (韓国女性文学シリーズ9)

オビー (韓国女性文学シリーズ9)

  • 作者:キム・ヘジン
  • 発売日: 2020/11/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 『中央駅』を読んだときにも思ったことだが
キム・ヘジンという作家は、常にまっすぐ社会を見つめている。
それも、ゴミが散乱する細くて暗い路地裏や
駅の片隅や公園のベンチで寝泊まりしている人など、
他の人が思わず目をそらせたり、
見なかったふりをしてしまいがちな部分を。

そのあまりに真摯な眼差しが
直球勝負で切り込む社会はわかりやすく
プロレタリア文学を思い起こさせもするのだが、
その一方で、登場人物たちは
読者を奮い立たせる気などまるでなさそうで、
浮かび上がってくるのは
世の中のあれこれや、目の前のあの人この人、
そしてまた自分自身の人生からも
目をそらしたいのにそらせずに
いらだちすら抱えている若者たちだったりする。

例えば表題作の「オビー」。
大規模な物流倉庫で働く“オビー”は、
徹底して他人との関わりを避けている。
なんとか上手くやっていこうと常に同調することばかり考えている自分とは
全く違うそのスタンスに、
語り手の女性は心をかき乱されずにはいられない。


あるいは「アウトフォーカス」。
二十年間、通信会社で相談業務にあたっていた母は首切りに納得できず
携帯電話のかぶり物を身につけて、
抗議のため、会社の前に一人立つのだが、
そのかぶり物を作るため、
あるいは自分の代わりに親族の集まりに出席してもらうために
息子にバイトを休んでくれと頼む。

(20年もの長きにわたって、
自分は誠心誠意、身を粉にして働き続けてきたというのに!)
憤りと失望とわずかな望みを抱えながら、
一日も休まず立ち続ける母を黙って支える息子が
母の頼みを断れず休みを重ね、
非正規の仕事を失うとしたら、
二人の暮らしはどうなるのだろう。
この母の自分の仕事に対する気持ちは
痛いほどわかりはするが
それでも母は息子の仕事をいったいどのように
とらえているのだろうかと、
あれこれ思い巡らさずにはいられない。


著者のデビュー作だという「チキン・ラン」には、
チキンの配達中に出会った自殺願望のある男との
奇妙なやりとりが描かれているのだが、
これがまた、おかしさを醸し出しながらもなんだか妙に寂しく哀しい。


「なわとび」では、彼女にふられて途方に暮れる若い男が、
完全にストーカーと化しているようなのに、著者は彼を見捨てない。

ずいぶん遠目に見ると、一瞬地球から離れて、またすぐ戻ってくるようにも見えるだろう。何とかしてこの地球から離れようと躍起になっているかのように、おじいさんは地面を蹴って跳び上がっては、元の場所に戻ってきた。でもおじいさんは、全てお見通しという顔だった。だから、おじいさんのリズムはいつも軽快だった。無限に戻ってきてもちっともかわまない人のように、ひたむきなところがあった。

公園で知り合った老人に誘われてはじめたなわとびで、
少しずつ自分の気持ちに折り合いをつけていく若者の心模様は印象的だ。


その他に「真夜中の山道」「カンフー・ファイティング」「広場近く」「ドア・オブ・ワワ」「シャボン玉吹き」と、デビュー後の4年間に発表された9つの短編を一冊にまとめたキム・ヘジン初の短編集。

時には世の中と真摯に向かい合いたいと考えるあなたにお薦めの1冊だ。