かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『アウグストゥス』

 

アウグストゥス

アウグストゥス

 

 あの『ストーナー』の著者の作品!という期待と、
『ストーナー』とは違う訳者による翻訳であることや、
古代ローマアウグストゥスといういささか新鮮味に欠ける題材であることとの間で
読むべきか読まざるべきかと若干葛藤していたところ、
先行レビューの素晴らしさから、
これはまずい!早く読まなければ後悔するに違いないと
あれやこれやの予定をすっとばし、いそいそと読み始めたこの本。
嘘でしょう!?と思わず、声をあげたくなるぐらい面白かった。

 

全編が手紙や回顧録、各種文書の断片のみで構成されている書簡体小説
手紙の書き手は宛名の人物に自分の見聞きしたことを知らせ、
あるいは自分の立場を明らかにしようと言葉を重ねたりし、
回想録をしたためる者は、
自分自身、あるいは後に読むであろう誰かに宛てて
自分の行為を弁明したりもする。
中には公的文書の断片や、市中に出回った怪文書なども登場するが、
そうしたあれこれはほぼすべてが著者の創作だ。

語り手は多数で、情報は小出し、
そしてもちろん、策略や隠蔽や思い込みやおべっか等々、
文書の書き手は常に何らかの意図を持っているに違いなく、
どれ一つとっても書いてあることをそのまま鵜呑みにすることができない。
そうこの物語は「信頼できない語り手」たちが寄せる声によって構成されているのだ。

第1部に描かれるのは、
カエサルの後継者として、
十代にして権力闘争の真っ只中に飛び込まざるを得なくなったオクタウィウスと
彼の元に集まる戦友たち。
彼らの前に立ちはだかる共和派の重鎮キケロ
時に敵対し時に手を結びあう宿敵マルクス・アントニウス
クライマックスにはもちろんクレオパトラも登場だ。

続く第2部で、注目すべきはオクタウィウスの娘ユリア。
権力を手中に収めた後も国の安定のため
後継者問題に頭を悩ますオクタウィウスは、
慈しみ育てた娘ユリアを政争の駒として嫁がせるが
自分の役割を十二分に承知しているはずの彼女にも
感情がないはずはなかった。

そして迎える最終章
周囲の報告や回想の中でしか語られてこなかった
オクタウィウスの胸の内がついに明かされることになる。

それぞれの視点で、それぞれの言い分を書き連ねたものを
あれこれと読んでいくうちに
次第にうかびあがる「歴史の真相」。
それもまた、一つの見方でしかないのだと気づかされつつも
緻密な構成とよどみない語り口に魅せられずにはいられなかった。