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かもめのつぶやきメモ

『四月のミ、七月のソ』

 

四月のミ、七月のソ

四月のミ、七月のソ

  • 作者:キム・ヨンス
  • 発売日: 2021/04/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

慶州南山の四季を撮影する写真集を依頼されるまで、ソンジンはそこにこれほど多くの仏像が、しかも首を切られたまま残っているなんて知る由もなかった。
そんな書き出しで始まる「サクラ新年」は、元カノから昔プレゼントした腕時計を返して欲しいと言われたことから始まる話。

ママとパパは私たちを動物園に捨てようとしたことがあった
こんなショッキングな告発から始まるのは「深夜、キリンの言葉」
中学卒業の頃から詩人になりたいと夢見ていた女の子は、内向的な双子としゃべれない自閉症児のママになった。そんな風に冷静に分析するのは双子の姉である私。
とても寂しくて、とても切なくて、それでいてとてもやさしい。

はじめてこの本のタイトルを目にして以来、ずっと考えていた。
四月がミで七月がソに例えられるものは…。
四月より七月が高いとすれば空だろうか。
でも空には音は……などと、ぐるぐると。
四月がミで七月がソであるものを、私は言い当てることが出来なかったけれど、“アメリカ人の嫁”になった叔母を描いた「四月のミ、七月のソ」のことはずっと忘れずにいたいと思う。

連続放火犯として捕まった教え子のことをあれこれと思い巡らす「ドンウク」は、語り手の教師よりも語り手が理解できずにいる教え子のことが気になって仕方がない。

亡き父の思い出を確かめに、彼の別れた妻である実母の元を訪れる息子を描く「泣きまね」
息子は小説家の母の本棚に、父が昔読んだという本が並んでいるかどうかがどうしても気になって仕方がないというのだが。

2009年、韓国で最も権威のある李箱文学賞を受賞した「散歩する者たちの五つの楽しみ」を含めた11篇の物語を収録した、現代韓国文学を代表する作家の一人キム・ヨンス(金衍洙)氏のなんとも贅沢で読み応えのある短篇集。

読み終えてしまうのがもったいなくて、一篇ずつ、ゆっくりじっくりページをめくると、じわじわと心に染みこんでくるものがある。

恋人のことも、教え子のことも、親のことも、我が子のことも、わかりたくてもわからず、理解しているつもりでも、実は全く解っていない。
やっぱり人間は他者を理解することが出来ない生き物なのだろうか。

そう思うと少し寂しくなりはするものの、あなたのその気持ちを丸ごと理解することはできなくても、あなたの隣で膝を抱えて同じ時を過ごすことならできるかもしれない。
そんな風に思えてもくる。

くだけた言い回しが多いにもかかわらず、訳文に少し堅さが見られるような気はしたが、それを差し引いたとしても十二分に読み応えのある1冊だった。