かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『ほんものの魔法使』

 

ほんものの魔法使 (創元推理文庫 F キ 3-2)

ほんものの魔法使 (創元推理文庫 F キ 3-2)

 

 宝塚歌劇の公演が追い風となって、めでたく復刊されたこの作品、
1976年に大和書房から、2006年にはちくま文庫から、
いずれも今回と同じ矢川澄子の訳で出版されている。

私がはじめてこの物語にであったのは、ずうっと昔、
まだ10代の頃だったはずなので、
手に取ったのは大和書房の本だったのだろう。

装丁はおろか、ストーリーすらおぼろげな記憶しかなかったが、
面白かったということだけは覚えていたので、
懐かしさも手伝って迷わず購入した。

誰も超えたことがないといわれる山のむこうから長い旅路の経て
ようやく魔法都市マジェイアに辿り着いた青年アダムと犬のモプシー。
そのマジェイアとはこんな街だ。

世界の魔術師のつどう魔法都市マジェイアは、とある丘の頂きにあり、
眼下にたたなわるたのしげな田園の、点在する森や、あるいは草原や、
銀色の河や、にぎやかな農場などをみわたしていた。



ここはほかでもないありとあらゆる魔術師、手品師、奇術師、
幻術師、早業使い、篭脱け師、読心術師、香具師らが、
劇場やコンサートホールや公会堂やクラブや宴会などの余興のために
世界のどこかをあるきまわっている時のほかは、
妻子ともどもこの地にたむろして暮らしていたのだ。



魔術師名匠組合への加入を希望するアダムは、
選抜審査を受けようと意気込んでいたが、
受験者が必ず女の助手をつれていなければならないとは知らなかった。

そんなとき、偶然出会ったのは、
偉大なる魔術師の娘ながら周囲からできそこない扱いされていた少女ジェイン。
急遽彼女を助手に審査会に臨んだアダムだったが、
そこでジェインが目にしたのは、タネも仕掛けもない“ほんものの魔法”だった!?


マジェイアに住む魔術師たちは
自分たちの秘密が何よりも大切な商品であることから、
その種や仕掛けを守るために
部外者の町への立ち入りを厳しく制限するなど
細心の注意を払ってきた。

そこへなんの仕掛けも要しない不思議な力をもったアダムが現れたのだから
もたらされた混乱は想像に難くない。
ある者は執拗にタネをさぐり、
またある者は、ほんものの魔法使いが現れたのだとしたら、
自分たちの商売はあがったりだと、アダムの失脚を画策する。

けれども当のアダムときたら、かなり脳天気なお人好しで、
魔術師たちの仕掛けに驚き、
同じく選抜審査の受けにきた失敗ばかりしているニニアンの舞台を
ほんのちょっと手伝ってやったりも。
その結果が、ますますニニアンを苦しめることになろうとは思いもしないのだ。

やっぱり天才は、凡人が抱くような嫉妬や苦悩とは、無縁なのかも。
もちろん、天才には天才なりの悩みはあるのだろうけれど。

頭の隅で、そんなことを思いながらも楽しく読んだ正統派ファンタジー

思えば、矢川澄子も天才だったのかもしれないな……と、
これはまた別の話か。