かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『地中のディナー』

 

 ユダヤ教正統派のコミュニティに生まれ、
敬虔なユダヤ教徒として育つも、
学生時代にイスラエルを訪問したことがきっかけで
信仰を捨てたという著者が
和平への願いを託しつつ描くのは、
ネゲブ砂漠にあるイスラエルの秘密軍事施設で
たった一人、長期間収監されている囚人Zの物語。

2014年、砂漠の真ん中の独房のただ一人の囚人Zと
こちらもたった一人だけの看守が共に過ごす時間。

2002年、パリの街角で繰り広げられるZの逃走劇と、
常におびえながらも、あるいはもしかするとそれ故に、
一目惚れしたイタリア娘相手に激しく燃え上がる恋。

2014年、テルアビブ近郊の病院で
様々な医療機器につながれたまま意識のないかつての権力者「将軍」と、
長年「将軍」献身的に仕え続ける女性。

2002年、ベルリンで二人の男が知り合い、
互いに秘密を抱えながらも急速に親しくなったのだが……。

物語は時間と場所を行きつ戻りつしながら、
様々な角度で語られていく。


不思議なことに、登場人物の誰一人として
信仰を問題にしていないように思えるのは
宗教の前に人道を解きたいということなのか。
あるいはそれも著者の実感に即してのことなのか。


世界は広いとは言え、
国や宗教、言語が違っていても
一定の年齢以上であれば、
ホロコースト」を知らない人はそういないだろう。

けれども「ナクバ」という言葉を耳にしたとき
どれくらいの人がピンとくるのだろうか。

1948年、ユダヤ人国家“イスラエルの建国”により
パレスチナの地に住んでいたアラブ人が居住地を追われ、難民となった。
それすなわち、アラビア語で“大災厄”を意味する“ナクバ”だ。

これほどはっきりとした立場の違いを前にして
いずれの陣営にも肩入れすることなしに、
紛争を描くことなどできるものだろうか?と、
疑りながらページをめくりはじめた読者は、
その疑心暗鬼故か、
はじめのうち、なかなかペースが上がらなかったが、
イスラエルのスパイだったはずの青年Zが
なぜ同胞から追われることになったのか
その真相が明らかになっていくうちに
次第に前のめりになっていく。


悲劇を描きながらも
愛と信頼を失わない物語は美しい。

だが、現実はどうだ。
ガザはリフタは……

いつか、あの地中のトンネルが、
平和の尊さと歴史を語り継ぐ遺跡として
人々に紹介される日がくるならば……
そう思いはするけれど……。


彼の地に思いをはせながら
いろいろ考えさせられる物語であることは確かだった。