かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『奇跡 -ミラクル-』

 

 書くとはじぶんに呼びかける声、じぶんを呼びとめる声を書き留めて、言葉にするということであると詩人は言う。

そうして

「奇跡」というのは、めったにない希有な出来事というのとはちがうと思う。それは、存在していないものでさえじつはすべて存在しているのだという感じ方をうながすような、心の働きの端緒、いとぐちとなるもののことだと、わたしには思える。
 日々にごくありふれた、むしろささやかな光景のなかに、わたし(たち)にとっての、取り換えようのない人生の本質はひそんでいる。それが、物言わぬものらの声が、わたしにおしえてくれた「奇跡」の定義だ。

と、続けるのだ。

できなかったことが、できるようになること。
何かを覚えることは、何かを得るということだろうか。
違う。覚えることは、覚えて得るものよりも、
もっとずっと、多くのものを失うことだ。(「幼い子は微笑む」より)

  
と、詩人は言う。

そうであっても人は、ことばを覚え、様々なものを見知り、多くの人に出会わずにはいられない。

覚えたことばとおなじだけ、いやそれ以上にたくさんのものを失うも、そのほとんどについて、人は失ったことすら気づかないものなのかもしれない。
たとえそうだとしても、気づいてしまったときに感じるかなしみが目減りするわけもないのだけれど。


詩人は、空を、花を、人をうたう。

時には芥川や、チェーホフを、ゲーテに思いをはせ、また時にはベルリンの街を歩きながら、そのささやき声に耳を傾け、被災地におそう悲しみを抱きしめもする。

全部で30篇、心静かに、ゆっくりと、繰り返し読みたい詩集である。