かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『世界と僕のあいだに』

 

 品のある装丁で詩的なタイトルの比較的薄い本だ。
若い父親が14歳の息子に語りかけるという体裁をとりながら
現代のアメリカ社会にあってアフリカン・アメリカンの男性が
どのような境遇に置かれているのか
その要因はどこにあるのか
そうした社会とどう向き合っていけばいいのか
具体的な事件をあげ
熱心ではあるが過度に感情的になることなく
一つ一つ丁寧に説いていく。

だがその内容はと言えば、これはもう
すさまじいとしか言い様がなく
突きつけられる“現実”に
言葉を失い涙を流さずにはいられない。

息子の歳よりもう少し小さかった10代前半の彼にとって
最大の関心事は
「自分の肉体を生きたまま一日の終わりまで無事に運んでいくこと」だったという。
それほど、黒人男性が生きていくには恐ろしい社会だったのだ。
その肉体を「略奪」しようと構えているのは
界隈に蔓延るギャングであったり、警察であったりし、
家も学校も安全とはほど遠かった。

新米パパになる直前には
警察に路肩に車を停止させられ
心底震え上がったことがある。
駆け出しのジャーナリストだった彼は知っていたのだ。
警察がエルマーを殺しておいて、
その後でエルマーが監房の壁に自分で頭をがんがん打ちつけて死んだと主張したことや
ゲイリーを撃っておいて、警官の銃を奪おうとしたからだと言ったことや
整備工の首を絞めたり
容疑者をショッピングモールのガラス扉越しに投げ込んだりしたことを。
そうしたあれこれを警官たちは実に規則正しく平然とやってのけることを。
だから恐ろしくないはずはなかった。

これからおまえが直面するであろう社会は…
これからお前が抱えるであろう悩みや疑問は…
これからお前が立ち向かわなければならないあれこれは…

生き抜くすべを伝えるべく父が息子に語る。

彼の言う「ストリート」が
彼の言う「メッカ」が
どんなところで、どんな人たちが集まってくるのか、
彼のいう「アメリカ」がどんな社会か
あなたにその目で確かめてみて欲しい。

内容はもちろん、文体も決して読みやすい本ではない。
とても一気に読める内容ではないし、値段も手頃とは言いがたい。
それでも、この本は買いだ。
じっくり時間をかけて読む価値がある。

そしてまた多くの人に読まれるべき本であるとも思う。

最後にこうしたいささか感傷的すぎる
私の言葉だけでは足りないと思われるであろう方のために
巻末に収録されている都甲幸治さんの解説から
2つの事実を紹介しておこう。

1つ目はタナハシ・コーツはこの本で
2015年の全米図書賞ジャーナリズム部門を受賞しているということ。

2つ目はタナハシ・コーツが
過去にトマス・ピンチョンリディア・デイヴィス
ジュノ・ディアスなど現代アメリカ文化を代表する面々が受賞し、
5年間で50万ドルもの助成金を受け取ることができるというマッカーサー賞を
受賞したということ。

どうです?
これは押さえておくべき作品だと思いませんか?
お薦めです。

                (2017年10月23日 本が好き!投稿)