人間が生きる本能に駆られて築き、建てたものの中で、私が見るところ、橋よりも優れ、価値あるものはない。
と詩人は言う。だれのものでもあり、だれに対しても平等で、役に立ち、人間の必要がいちばん多く交錯する場所に、常によく考えて造られて
いる。世界のあらゆる場所で、私の思いの向かうところ、留まるところではどこでも、忠実で寡黙な橋に出会う
と詩人は言う。
それらはまるで心や目や足の前に現れるものすべてを結びつけ、和解させ、繋ぎ合わせて、分割や敵対や別離がないようにするという永遠の、飽くことなき人間の願望のようなものだ
と詩人は綴る。
冒頭収録の『橋』と名付けられた短文を読み、「文学」とはまさに「橋」のようなものだと思いながら、私はページをめくり続ける。
あの作品、この作品と何度か登場するイェレナという名の女性は、作家が獄中にあっても想いを寄せるようなマドンナ的な女性なのだろうと思いながら読み進めていくと、その意外な「正体」に衝撃を受け、そのことが示す意味をまた考え始める。
地図もなく、武器もスパイもなく、自分の眼と自分の腕を信じて男は、他人の家に押し入り---他人の国に押し入る者もあるというのに---、生きるために必要な物をとろうとした---贅沢のために盗む者もいるというのに。
『不安』という作品の中の、他人の家に押し込みに入って、屋根裏部屋で撃ち殺された男の死をあつかった“葬送の歌”の一節も忘れがたい。
イボ・アンドリッチ(Иво Андрић )は1892年に他民族地域ボスニアに生まれ、「世界の火薬庫」バルカン半島にあって、二つの大戦を命からがらくぐり抜け、1962年にはユーゴスラビア(当時)の作家として、ノーベル文学賞を受賞している20世紀の南スラブ文学を代表する作家だ。
冒頭の『橋』の他に、短編小説を8篇、散文詩は『エクス・ポント(黒海より)』と『不安』の2篇、エッセイが3篇と、充実した内容のこの作品集には、ルリユール叢書ならではの、作家の人生と共に作家の生きた時代の文学史をたどることも出来る年譜に、それだけでも読み応え十分の訳者解題がついている。
本書における訳者解題は山崎佳代子氏の手によるもので、大国に翻弄される小国の民族や言語、宗教をつなぎ合わせる「橋」の哲学を、自作の文学で表現し続けた作家
を紹介する、55ページにおよぶ内容は、そこだけでも繰り返し読むに値する充実ぶりでもあった。