かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『最後の挨拶 His Last Bow』

 

小林司東山あかねという共にホームズ物の翻訳家で
筋金入りのシャーロキアンでもある2人を両親にもち、
4人姉妹の末っ子でもある著者による私小説

脳出血で倒れた父を担架で運ぶために
大の大人が4人がかりで、
20分ほどかけて本を掻き分けなければならなかったほど
本で溢れた家。

思えば子どもの頃から本を踏み越えていかなければ部屋を移動できないほど
文字通り足の踏み場もない家だったと、
4人姉妹の末っ子リプロは回想する。

軍医だった祖父のこと、
満州で病みついたという父の幼年時代
エスペラント語がとりなした父と母の運命的な出会い。

両親と共にホームズとモリア-ティ教授の対決100周年記念ツア-に参加して
ライヘンバッハの滝を見物し、
スイスの街々をホームズの物語の登場人物に扮して練り歩いた想い出。

どこからかこぼれ出るように
あるいはあちこちから芽吹くように
そっと静かに語られるあれこれは
時系列に並んでいないが、
整然と並んでいないからこそかえって、
この一家らしさが感じられ
折々に顔を出すホームズのエピソードが
シャーロック・ホームズその人もまた
この家族の大切な一員であったことが感じさせる。

余分な物をそぎ落とした詩のような文章が
戦争のこと震災のこと
生きること死ぬこと
様々なことを語りあげながら
著者の亡き父や家族に対する想いを直に届けてくれた。

喪失の物語であると同時に
ホームズと同様に父をもまた
本の中、娘の心の中で生き続ける、生かし続けるための物語、
私はそんな風に読んだ。


同時収録の『交霊』には、キュ-リ-夫妻が登場。
こちらは、コナン・ドイルの心霊研究を思い起こさせる短編だ。