かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『マレー素描集』

 

シンガポールがイギリス領の一部だった19世紀末に
時の総督フランク・スウェッテナムは『Malay Sketches』を執筆した。
もちろん英語で。
その本は、イギリス人統治者が支配下にあるマレー人の文化や気質を
支配言語である英語を用いて読者に紹介するものだった。

それから100年以上の年を経て、
シンガポールのマレー系作家アルフィアン・サアットは
かつて総督が書いたものと同じタイトルの本を執筆した。
こちらも英語で。
この本は、現代のシンガポール社会におけるマレー人の立ち位置や気質や葛藤を
作家が母語であるマレー語ではなく英語を用いて描き出した作品集だ。
作家が英語を用いた理由は訳者の解説で次のように紹介されている。

シンガポールの文芸言語は、標準中国語、タミル語、マレー語、英語に分かれ、
タミル語で書かれればタミル系読者、マレー語であればマレー系読者と、
そのあいだでの交流がほとんど存在しない。
作家はそうしたシンガポール文芸のの状況を「四つの孤独」と呼び、
言語的にも文化的にも翻訳の役割を果たすような創作を行なうことで
文化圏の枠を超えたやりとりを実現したいと考えた、というのだ。

短いもので2ページ弱、長くても6、7ページほどの48の掌編は、
それぞれ独立している作品で、連作というわけではないのだが、
根っこのところでゆるやかにつながっていて、
読み進めていくうちに、
マレー系の人々が直面する宗教問題、人種問題、
その暮らしぶりなどが浮き彫りになっていく。


正直に言えば、この本を読む前、
虐げられた人々の不満を含めたもう少しとんがった雰囲気の物語を想像していた。
それはおそらく私の中にある先入観や偏見のせいでもあっただろう。
だがここに描かれた人々の多くは、時に声を荒げることがあったとしても、
読んでいる私の方が、もっと怒ってもいいのではないかと思ってしまうほど
せつなさややるせなさや哀しみを山ほど抱えながらも寡黙な人たちだった。

特別な出来事、特別な1日について描かれた作品もあるが、
日々の暮らしの中のふとした瞬間をとらえた作品も多く、
わずか1ページ強の短い作品の中にも、
ストーリーがあり、驚くほど鮮明に浮かび上がってくるシーンがあることに驚く。

さわやかな空色を基調とした装丁も素敵な本だが
中の紙に合わせてペーパーバック仕様にするのありだったかも。
クルッと丸めてズボンの尻ポケットに突っ込み、
公園のベンチや出先のちょっとした隙間時間にページをめくる。
余白に感想や、思いついたことを書き込んでみるのもいい。
そんな読み方をしてみたくなるような物語たちでもあった。