かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『父の果/未知の月日 (大人の本棚)』

 

吉屋信子」の名前を聞いて
私がまず最初に思い浮かべるのは中原淳一の装丁と
少女小説家として名をはせていたこと。

今ひとつは林芙美子と並んで
戦時中内閣情報部の要請によって「ペン部隊」と名付けられた
従軍作家の「紅2点」であったこと。

そうであるが、そうだからこそ、
戦後、吉屋がどんな作品を書いたのか興味があった。

そんなわけで手を伸ばしたのは
戦後に発表された中・短編小説とエッセイを収録した本書である。

戦前、愛妻家として知られていた自由主義的な思想をもった政治家の愛人だった女性が
戦中戦後と厳しい時代を生き抜いて、
男の死後、その妻と顔を合わせて……
巻頭作「みおつくし」(1948年)は、特別な感慨はないが読みやすく、
まあこんなものか……と読み終えたのだが、
後で巻末の解説を読んで驚いた。

なんとこの作品、前年に発表された太宰治の 『斜陽』を意識した作品だというのだ。
太田静子が婚外子を出産したという話がこんなところまで波及するのか!?
世間の狭さか、作家の影響力のなせるわざか!?

『斜陽』を意識しながらもう一度読み返してみると
吉屋信子の持ち味が少しわかった気がした。


男女の有り様を描いた作品も多いが、
そうした中でも女同士の連帯感が書き込まれているものも多い。

戦前戦中と大陸に渡った人々の暮らしぶりや、
戦争の爪痕と救いようのない貧しさが描かれているものもあるが、
そこに強い怒りや憤りは感じられず、あきらめややるせなさがにじむ。

1951年に執筆され、女流文学者賞を受賞した「鬼火」は、
生活に困窮した人妻にガス会社の集金人が料金と引き換えに肉体を要求し……
という短編で、映画化もされたとのこと。
結末は容易に想像できたが、不気味な読み心地が後を引いた。