かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『三十の反撃』

 

主人公のキム・ジヘは、ソウルオリンピックが開催された1988年生まれ。
「ジヘ」は、この年に韓国で生まれた女の子に1番多い名前だ。
なにしろ同じクラスに「ジヘ」が5人いたこともあったぐらいだ。

ちょっと残念に思うこともあったが、結果的には私にぴったりの名前だった。
ときにはその無数にいるという匿名性の中に隠れられることが幸いだった。
自慢できることの多くない人生には、その方が合っている。

というのが、本人の弁だ。

88万ウォン世代……
大学を卒業しても定職に就けず、
非正規のアルバイトやインターンのわずかな収入
(88万ウォン、日本円にして約8万4000円)で暮らす若者たち…の例に漏れず、
キム・ジヘは非正規職で働く30歳の独身女性だ。

半地下に暮らし、アカデミーでインターンをしながら、
大企業の正社員を夢見ている彼女の前に、
現れたのはちょっと変わった同年代の男性イ・ギュオク。
同じ職場で働き始めた彼は、愛想が良くて礼儀正しく、仕事にも積極的だったが、
「どこか妙な陰」があり、「説明し難い異質感」を持っていた。

だがしかし、何の因果か運命の悪戯か
とあるきっかけで知り合ったおじさん2人とともにジヘは、
ギュオクが提案する世の中に対する「反撃」を始めてしまう。

いったい「反撃」とはどんなものか。
ギュオクは「僕たちに必要なのは転覆」と言った。
「世の中全体は変えられなくても、小さな理不尽一つひとつに対して、
相手に一泡吹かせることくらいはできると信じること。
そんな価値観の転覆なんです」と。

その時々、小さな波風をたてられたとしても
それでなにかが根本から変わるわけではないことは、
わかっていたはずなのに、
事態は思わぬ方向に転がっていく……。

“堅実”に生きる弟は「現実に賢く従え」と忠告し、
ギュオクは「現実に亀裂を起こす勇気を持ってみよう」と言う。
正反対に位置する二つの概念に共通点があるとすれば、
どちらも向き合うのはつらいということだった。

読んでいて胸が痛くなったのは、
若かりし日のあれこれを思い出したからというだけではない。

なにかしなければなにも変わらない、
けれども意を決してなにかしたところでなにも変わらないかも……
むしろますます事態が悪くなるかもしれない
でもあるいは、もしかしたら少しは……
自分の子どもでもおかしくない年頃の主人公の揺れ動く心の模様に、
私はいつしか自分自身の想いを重ねていたのだった。