かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『あの本は読まれているか』

 

発売が決まる前から大きな話題を呼び、アメリカで初版20万部、世界30カ国で翻訳が決定しているという、東京創元社の激推し作品。

『コードネーム・ヴェリティ』をはじめ、今最も注目を浴びている翻訳家の一人、やまねこ翻訳クラブの吉澤康子さんによる翻訳。

となれば、読まないわけにはいかないでしょう!
というわけで読んでみた。

発売前から購入予約をしていたこともあって、事前の情報は少ない方がいいと、プルーフ版で一足先に読まれた方たちのレビューには目を通さずにいたのだが、漏れ聞いたところで「あの本」とは『ドクトル・ジバゴ』だということだけは知っていた。

『ドクトル・ジバゴ』といえば、かれこれ30年ほど前に一度読んだことはあるけれど……
と、首をかしげつつ、発売を首を長くして待つ間、予習がてらに再読してみたのだが……。

うーむ。

「あの本」は別に読まれなくてもいいんじゃない?などと、思いつつ、本書を読み始めることになったのだが、こちらは、やはり期待通りに面白かった。(ホッ)

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時は東西冷戦時代、当時から著名な詩人であり、ロシア語圏ではゲーテシェイクスピアの翻訳家として、現在でもその名を知られているポリス・パステルナークが、長編小説を書き上げた。
タイトルは『ドクトル・ジバゴ』。
主人公の医師ユーリー・ジバゴと、永遠のマドンナラーラとの愛の遍歴を軸に、ロシア革命前夜から約四半世紀にわたる激動の時代を描いたこの作品は、ソ連当局だけでなく、西側諸国の関心をも大いに惹くことになる。

かたや『ジバゴ』を合法的に世に送り出すために、あれこれ当局の説得を試みるも監視下に置かれることになる作家の愛人オリガ。

かたや本国で禁書となった『ジバゴ』を、西側から世に送り出すことで、言論統制や検閲を行っているソ連の現状を知らしめるプロパガンダに利用しようと画策するCIA。
東と西の状況は交互に、東はオリガの視点から、西はCIAの元で働く女性工作員タイピストたちの視点から、描かれていく。

1冊の本をめぐるこの物語は、実在の小説とその小説をめぐって実際におこなわれたCIAの戦略を元に練り上げられたフィクションだ。

文学には、人々の意識を変え、社会を変える力があると人々が信じてきたからこそ、古今東西、多くの作家やその作品が、時には当局に弾圧され、時には政治的に利用されてきた。
そのこと自体は今も昔も疑いようのない事実であるのだが……。

実のところ『ドクトル・ジバゴ』が持ったであろう政治的な利用価値はさておき、この本を読む直前に再読した『ドクトル・ジバゴ』に描かれている女性たちはまさに、男にとって都合が良いばかりで、読んでいてうんざりすることもしばしばだった。
その点についても本作は、女たちを主役に据えることで見事に意趣返しをしているようで小気味よい。

『ジバゴ』を読んであれやこれやとむしゃくしゃしていた気分が、この本を読んだことで少し晴れた気もした。

                (2020年05月25日 本が好き!投稿)