かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『キオスク (はじめて出逢う世界のおはなし オーストリア編)』

 

都会の人たちが休暇を楽しみにやってくるような
自然豊かなザルツカンマーグートで生まれ育ったフランツは、
17歳のとき、ふるさとに母を残して単身ウィーンに働きに出た。
母の古い知人を頼って彼の経営するキオスクで見習いとして働くことになったのだ。

はじめてのひとり暮らし
はじめての仕事、
都会の喧噪に期待と不安を感じながらも、
キオスクの店主トゥルスニエクから様々なことを学んでいく。

いいか、新聞を読まない奴はキオスクの店主など務まらない、というか人間じゃない。もちろん本物の新聞を読むというのは、お粗末な日刊紙を、一、二紙流し読みするのとはわけがちがうぞ。知恵をつけ、知見を広めるため、手に入る新聞、つまり店にあるすべての新聞を読む必要がある。

と、トゥルスニエクはいう。

本格的なキオスクにとっては、新聞の販売が本業だといってもいい。新聞を買いにきた客が知性や感情、政治的傾向から決まった新聞を求める常連でない場合、その人に合った新聞をすすめられるようでないとだめだ。新聞を読んでくれるその客に、その日、あるいはその時間の気分にぴったりの新聞をさりげなく教えてやるのさ。


こうしてフランツの一番の仕事は新聞を読むことになった。
それからたばこや葉巻のこと、お客たちのこと、
トゥルスニエクは様々なことをフランツに教え込む。
もちろんそれは仕事のノウハウではあるけれど、
よくよく考えてみれば、人生の指針となるようなあれこれでもあったのだ。
もちろんそのときのフランツには知るよしもなかったけれど……。

そんなある日、
フランツはとあるきっかけを得て常連客のフロイト教授と言葉を交わすようになり、
人生を楽しみ、恋をするよう忠告される。
恋愛のことなど何一つ知らないというフランツにフロイトは言い放つ。
頭から水に飛びこむために、水を理解する必要はない!

かくして女の子を探しに遊園地にくりだしたフランツは、
謎めいたボヘミアの女の子に出会い、
すっかり心を奪われてしまい、夜も眠れないほど夢中になるのだが……。

滑り出しはまるでケストナーのユーモア小説のよう。
滑稽なあれこれの中に
読んでいて気恥ずかしくなるほどの純粋さと
するどい風刺が盛り込まれているのだが、
ナチスドイツに併合されていくオーストリアの世相を反映して
物語のトーンも次第に重く息苦しくなっていく。

ある時期からフランツは新聞を読まなくなった。
なぜってもう、読み比べる必要がなくなったからだ。

ある時期からフランツは毎週ママとやりとりをしていた絵はがきを送らなくなり、
代わりに様々な考察に満ちた手紙を書くようになる。
ただし、母を心配させぬよう、総て真実を書き連ねたわけではなかったが。

様々な問題に直面する中でフランツが
悩みに悩み、考えに考えて、思い切って行動する姿は
とても深刻な状況であるはずなのに
どこか滑稽なおかしみを含んでいて
思わず泣き笑いしたくなってしまうのだった。

それにしても
東宣出版のこの“はじめて出逢う世界のおはなし”シリーズ、
私はこれで3冊目なのだが、
クオリティーの高さには毎回驚かされる。

お値段は少々張るけれど
大人も子どもも十二分に楽しめるシリーズだ。

                (2017年06月21日 本が好き!投稿