かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『韓国の小説家たちI』

 

韓国の文芸誌『Axt』(アクスト)に掲載された、小説家が小説家にインタビューをするというコンセプトのロングインタビューを集めた本。

巻頭を飾るのは 『原州通信』 『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』 『舎弟たちの世界史』と、どれを読んでも面白く、すっかりファンになってしまったイ・ギホ氏へのインタビュー。
これを楽しみに手に取ったと言っても過言ではなかった。
インタビュアーは、翻訳家で作家で雑誌の編集委員でもあるノ・スンヨン氏。

ノ氏のことは知らなかったが、冒頭からかなり癖のある人物という印象を受けた。
なにしろ不本意ながらインタビュアーを引き受けたので、それまで一つも読んだことがなかったイ・ギホ作品を図書館であるだけ借り集めて一気に読んだというのだ。

うーん。どうなんだろう?
そんな読み方をしたら、作家も作品も気の毒なのではなかろうか……。
おまけにインタビューの冒頭、ウオーミングアップと称してした質問が、

あなたと私の接点はなんだろうと考えてみたんですが、これと言ってないみたいで、あなたの作品の中でいちばん共感したのは、「家族小説」と謳われている『三つ子の魂夏まで』でした。30代の既婚男性の家庭の話ですが、いま、お子さんは何人ですか。

というものである。
その後もそれここで言う?ここで訊く?という対話が続き、なんだかなあ。この我が道を行くタイプのインタビュアー、私が知らないだけで、韓国文学界の重鎮とかなのかしら?と首をかしげる
そんな中でも、大学の創作文芸科で教鞭をとるイ・ギホ氏の指導方法論は興味深い。
そしてまたこんなくだりも。

僕は、作家にとって唯一の美学は、過去の自分の作品から離れて違うタイプの作品を書くことだと思っています。それが作家の誠実さです。過去の作品を否定して別の方向に向かう。それがどれだけたいへんで苦しいことか、最近、切実に感じています。(p37)


次のイ・ギホ作品が楽しみだ。

続いて登場するのは 『モンスーン』の著者ピョン・ヘヨン氏。
インタビュアーは作家のチョン・ヨンジュン氏。
この二人は元々それなりのつきあいがあるらしく、雰囲気は終始なごやかだが、作品への突っ込んだ質問などが興味深い。
気になってはいたものの、怖いと聞いて尻込みしていた未読の『ホール』もやっぱり読まなければならないようだ。

三番手は『ディディの傘』のファン・ジョンウン氏。
インタビュアーは再びチョン・ヨンジュン氏で、こちらも親密さがうかがえるやりとりがあるのだが、そこはそれ、あの作品の著者だけあって、質問への受け答えさえ、とにかくすごい。

「私は常に、現実的な方向性や代案を提示ことは小説家の役割ではないと思っている。小説家が小説を書くことによってできるのは,世界観を広げることぐらいじゃないかな。人は小説を読まなくても生きていけるし、小説がなくても世界はあるし、自分も存在しているのだから。でも小説は大勢の他者の物語によって、世界と自分との境界を引き寄せることができると信じている。」(p109)

という。

本を読み終えて、2回読みたいかどうか考える。そう感じるなら私にとってはいい小説。(p125)という言葉も印象的だ。

四番目に登場するのは、『四月のミ、七月のソ』『ぼくは幽霊作家です』の著者キム・ヨンス氏。
インタビュアーは再びノ・スンヨン氏。
どうも私はこのノ氏と相性が今ひとつ良くないようなのだけれど、今回は自分語りの多いインタビュアーを十二分に上回るキム・ヨンス氏のしゃべりが冴え渡って、なかなか面白く読めた。
詩人を志したキム・ヨンス氏が村上春樹氏の『風の歌を聴け』を読んで、こういう小説なら自分も書けると思って書いたものがきっかけで小説家への道を歩むことになったというエピソードは他でも読んだことがあったが、キム・ヨンス氏が考える文学とはなにか、とりわけ、「永遠の文学性」についての考察、「社会的脈絡の中での文学性」といった話題が面白く、ますますキム・ヨンス作品への興味がかき立てられた。

トリを飾るのは『春の宵』のクォン・ヨソン氏。
インタビュアーはまたまたノ・スンヨン氏で、これまた前半はイライラが募るが、後半、編集部の他の面々が顔を出すと話は一気に面白くなる。
クォン・ヨソン氏は本当にお酒好きで、人の顔が覚えられなくて、翻訳と小説についてあれこれ語り、女たちの連帯や新人作家に本当に必要なものは……といった話題も、面白かった。

そんなこんなで、今回もまた、当初の予想以上に読みたい本のリストを伸ばしてしまったのだが、一番印象的だったのは、“インタビューって、受ける側はもちろんのこと、する側の個性も引き出すものなんだな”ということ。
インタビュアーの一人、チョン・ヨンジュン氏の作品もぜひ読んでみなくては!