かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『手紙』

 

新潮クレスト・ブックスの『手紙』は、現代ロシアを代表する作家といわれているミハイル・シーシキンの長編だ。


サーシャへ
僕はここで必死に生きてるけど、でも君がいなかったら……君の手紙がなかったら、とうの昔にくたばってたか、少なくとも、僕は僕であり続けることが出来なかったと思う。



ワロージャは戦地から恋人に宛てて手紙を書く。
自分がどれほど彼女を愛おしく想っているか、戦地の悲惨な現実の中で、彼女の存在がどれだけ自分の支えになっているかを切々と綴るとともに、共通の思い出や彼女にまだ打ち明けていなかった、自分と家族のあれこれを真摯に語る文面は、心にしみいる。


今すぐ、あなたをぎゅって抱きしめたい。なんでもいいから、とってもくだらなくて、とっても大切な話をしたい


ワロージャへの手紙にそう記すサーシャの切ない想いに触れて、胸が熱くなる。

なるほどこれは、愛し合う若い男女が、切々とその想い綴るラブレターで構成されているのだ……と思って読み進めていると、手紙という形式にもかかわらず、お互いへの想いだけでなく、親と子、家庭の問題などそれぞれの心の機微に触れる物語が見事に展開されていて思わず目を見張る。
ところがさらに読み進めると、次第に、目の前の空間がゆがんだような錯覚に囚われていくのだ。


ワロージャが赴いている戦地はどうやら中国で、その戦争の目的は義和団事件の鎮圧……つまり1900年のことのはずなのに、その一方で恋人の帰りを待ちわびるサーシャは、どうやら現代のロシアで暮らしているらしいのだ。


戦地から訃報が届いた後も手紙は続き、サーシャの方は少女から女性へと成長し、出会いや別れといった様々な人生経験を積んでいくのに、ワロージャの方はその間ずっと戦地で、悲惨な現実と向き合いながらサーシャのもとに帰る日を夢見ている。


手紙は実際に書かれたものなのか?
お互いの手元に届いたのか?
結局二人は再会することが出来たのか?


読みながらその謎を解くつもりでいたのだが、読み終えた後は、なんだかそういったことはもう、どうとってもいいような気になってきた。
切ない気持ちがたっぷりつまったちょっと不思議な読後感の1冊だった。

              (2012年12月11日 本が好き!投稿