かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『さびしい宝石』

親の愛を知らずに育った若い女性が、死んだと思っていた母親によく似た女性を見かけたことから始まる物語は、読むほどに謎が深まりさびしさが募る。読み手よりも読み時を選ぶ中篇だ。

<かわいい宝石(ラ・プチット・ビジュー)>と呼ばれなくなってから、もう十二年ほどが過ぎてしまった。
そんな書き出しから始まる物語は、“わたし”がラッシュアワーでごった返す地下鉄の駅で、面影がママンによく似た女性を見かけるシーンから語り出される。
黄色いコートを着たその女性の後を追って、“わたし”は本来乗るはずではなかった電車に乗り、用のない駅で降りカフェに入る。
あの女性は、ママンに違いない。
十二年前、“わたし”を置いてモロッコに旅立ち、旅先で死んでしまったというママンに。

その日、結局黄色いコートを着た“ママン”に声をかけることができなかった“わたし”は、それから毎日、はじめて“ママン”をみかけた駅に通い詰める。

ようやく再び“ママン”を見出しても、やはり声をかけることは出来ず、あとをつけ、住まいを確認し名前を知る。
そう黄色いコートを着た“ママン”が、今使っている名前のことだ。
あの頃……“わたし”と一緒に暮らしていたあの頃でさえ、ママンにはいくつかの名前があったのだから。


ページをめくる毎に少しずつ、“わたし”の過去が明らかになり、同時にママンをめぐる謎が深まっていく。

原題は『La Petite Bijou』
直訳すると“小さな宝石”ぐらいの意味だと思うが、訳者はこれを少女につけられた愛称らしく“かわいい宝石”と訳し、さらにタイトルをあえて“さびしい宝石”とした。
そのセンスが訳文にもいかされていて、文面からも洒落た雰囲気が醸し出されている。
読むほどにさびしさが募りはするけれど……。

              (2015年05月04日 本が好き!掲載