かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『ビトナ ソウルの空の下で』

 

ノーベル賞作家ル・クレジオの小説 Bitna, sous le ciel de Séoul (2018)の全訳。
物語の舞台は韓国の首都ソウル。
登場人物はすべて韓国人という設定だ。

訳者のあとがきによれば、このフランスの作家と韓国との関係はなかなか深く、この物語も作家がソウル市から、ソウルの街についてなにか書いて欲しいという委嘱を受けて、どうせかくなら旅行記などのエッセイではなく小説で…と筆を執ったのだという。

2017年の末にまず韓国語で、翌年にフランス語版の原書と英訳が同時に刊行されたというのも、こうした背景があってのことなのだろう。

そういえば、以前読んだ『嵐』という作品も、韓国南部の小島が舞台だったっけ。

今回の舞台は大都会ソウルではあるけれど、主人公の年若き女性ビトナは韓国南部の全羅道(チョルラド)の貧しい魚売りの家の出だ。
両親は裕福ではなかったけれど、娘には最高の教育を受けさせたいと考えて、借金をしてまでビトナをソウルの大学に進学させるのだ。

そうした期待を担って進学したビトナだったが、ソウルの暮らしは楽ではなく、学業もままならないほど困窮する。
そんなとき、いつも立ち読みをしていた本屋の店員から持ちかけられたのが、不治の病を抱えて寝たきりの女性サロメの枕元で、様々な話を語り聴かせるという“語り部”のアルバイトだった。

物語はビトナの日常と、ビトナがサロメに語って聴かせる物語から成っているのだが、単純な入れ子構造ではなく、幾つかの話が重なり合って、そうこうしているうちに即興で語られる物語とビトナを取り巻く現実の境目があやふやになっていく…。

残酷さも苦みもたっぷり含んでいるはずなのに、なぜだかとても静かで穏やかで、時折うっとりするような甘みさえ感じさせる物語。

こういう物語は、いつも、というわけではないけれど、しっくりぴったりくるときがある。
私にとってはどうやら今がそのときのようだった。

 

 

嵐

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