かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『「その他の外国文学」の翻訳者』

 

たとえば、図書館に行ったとしよう。
あなたがまず足を向けるのはどの棚だろうか?

私の場合、まず向かうのは新着コーナー、ここでお目当ての新刊を手に入れた後、おもむろに文学の単行本が並ぶ棚へ。
図書の分類法で言えば、文学は900番台。
たいていの場合は910番台日本文学を素通りして翻訳棚に向かう。
当然のことながら、翻訳棚の中で一番沢山の場所を占めているのは、930番台の英米文学なのだが、ここも素通りしてしまうことが多い。
ドイツ940・フランス950・スペイン960・イタリア970・ロシア980を横目で見ながら、向かうのは990番台のその他の諸文学。
この990番台には結構、掘り出し物が多いのだ。
その「その他の」コーナーをチェックし終えた後に、少し離れたところにある920番台の中国文学・その他の東洋文学コーナーへと向かって、中国SFや韓国文学をチェックするのがルーティーン。

これが自分の本棚となると、いわゆる「その他」の文学の方が英米文学より圧倒的に多くなる。

この本は日本では馴染みの薄い言語による文学を、熱意をもって紹介してきた9人の翻訳者が、その言語との出会いや学習方法、翻訳の工夫、そして文学観を語るインタビュー集だと聞いていたから、「その他の外国文学」の翻訳者さんたちには、日頃から大変お世話になっている私は、半分はご恩返し(?)、一種のご祝儀のような気持ちでこの本を手に取ったのだが……。
いやはやこれは、とんでもなかった。
世界は私が思っているよりまだまだ広く、皆さんの苦労は私の想像を遙かに超えていたのだった。


なにしろ皆さんのご専門は、日本では学ぶ人がとても少ない「マイナー言語」。
そのため学習に必要な教材不足は共通のお悩みのよう。
だからこそ鴨志田聡子さんはイディッシュ語を学ぶためにヘブライ語を学ぶ必要があったのだし、ポルトガル語の木下眞穂さんは1937年に出版された旧字体で書かれた『葡和新辞典』を使いこみ、チェコ語阿部賢一さんは日本語の辞書がないので、チェコ語と親しい間柄にあるドイツ語を頼りにチェコ独、独和の順で調べたり、チェコ語と英語、チェコ語とフランス語の辞書も参照するという。
圧巻はマヤ語の吉田栄人さん。そもそも体系立てられた文法教材がまるでないなかで「自分の勉強のためにしかたなく」動詞活用辞書と文法解説書をスペイン語で執筆してしまったのだというのだから恐れ入る。

これを機にと積読山に眠っていた星泉さん翻訳のチベット文学『雪を待つ』に手を伸ばしたら、冒頭からこれぐぐっと心をわしづかみにされて、続きを読むのが楽しみすぎる。

外国文学が好きで、せっかくなら、翻訳されていなくてほかのひとが読めない、自分だけが原文で読めるような作品と出会えるといいという理由でベンガル語を学び始めたという丹羽京子さんのその好奇心と情熱には圧倒される。

『世界の文学、文学の世界』に収録されていた福冨渉さん訳のタイ文学『トーン』を再読してみると、なんだろうこの切れ味は。タイというと料理ばかりが思い浮かぶ私だが、この道ももう少し探ってみてもいいかもしれない。

ノルウェー語の青木順子さんからも、ポルトガル語の木下眞穂さんからも、間口を広げ、後進を育てるという文脈でスペイン語の翻訳家宇野和美さんのお名前が出ていたのも印象的だ。

それにしても、とんでもない本だった。
またまた読みたい本のリストをぐーんと伸ばしてしまったではないか!