かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『ぼくはただ、物語を書きたかった。』

 

1971年3月、3分の1がぎっしり書き込まれたノートで占められているスーツケースを持って、作家はフランクフルトの空港に降り立った。
もう二度と祖国には戻れないと覚悟して。

本書はシリアからの亡命作家ラフィク・シャミが2017年にドイツで出版した自伝的エッセイの翻訳版だ。

1946年にシリアのダマスカスに生まれ、現在はドイツ在住でドイツ語で執筆する作家は、祖国を後にした理由、大学で化学を学び製薬会社に就職したこと、執筆のために会社を辞めたこと、アラビア語での執筆を断念してドイツ語で書くようになった経緯、アラブ諸国からの圧力、ドイツ人からの嫌がらせ、作品にこめた思い等々、真摯に、とても率直に語りあげる。

コンラッドナボコフなど母語ではない言葉で物語を紡いだ作家の話や、知識人と政治家という職業は両立しうるかといった話、ドイツ文学界に依然として蔓延るオリエント的なものへの根強い偏見などの話も興味深い。

読み始めた当初は、気に入った文章や、気になるあれこれを抜き書きしておこうと思ったのだが、あれもこれもと多すぎて、まるまる一冊写しかねない勢いであえなく断念。

この本のこと、作家とその作品のことをとてもよくあらわしているように思われる2つの文章を紹介するにとどめることにする。

「故郷」は場所や人間、言語、イデオロギーに固定されるものではない。「故郷」はぼくたちとともに移動し、目に見えない形でぼくたちの記憶のなかに巣くっている。メルヒェンのように、よいアイデアのように、満たされなかった大恋愛の思い出のように。そして「故郷」はこうした思い出のなかで、ぼくたちが子ども時代から離れれば離れるほど--地理的にも時間的にも--激しく輝き始めるのだ。
 (p69「変容」より)



自由な民主主義のなかで育った人に、独裁政治が亡命者や追放された人々にどれほどの痛みを与えたか、説明することは難しい。自分の国に戻るのを許されないことが、どれほど人間の尊厳を傷つけるか。しかし、小説は読者に、そのことをわからせることができる。読者の反応が、くりかえしぼくにそのことを示してくれた。
 (P154「ダマスカスを賛美する」)



一つ一つの文章は短く、難しい言い回しもないが、とても読み応えがあって、あれこれ考えずにはいられない、素晴らしいエッセイ集だった。
そして、この本を読んでいたら無性に、以前読んだ『愛の裏側は闇』をじっくり読み返したくなってきた。