かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『失花 (韓国文学の源流 短編選3)』

 

書肆侃侃房の「韓国文学の源流 短編選」は、古典作品から現代まで、その時代を代表する短篇の名作をセレクトする全10巻刊行予定のシリーズ。

第1弾として刊行された本書にはシリーズでいうところの第3期、1940年前後に植民地朝鮮で朝鮮語で執筆・発表された中篇・短編小説6篇が収録されている。

時代は日中戦争のただ中、真珠湾攻撃の前夜で、人々の暮らしはもちろん、文壇においても非常に厳しい状況にあったはず。
そういったものが色濃くでている作品群に違いないと、覚悟を決めて読み始めるも、意外なことにそうでもなくて、先に読んだシリーズ第2期、1930年代(1932年~1938年)の作品8篇を収録した 『オリオンと林檎』に出てくるあれこれの方がよっぽど厳しいそうに思われた。
だがそれも、本書収録の複数作品で、作中に出てくる作家が、“検閲をくぐり抜けたら”といったことを考える場面が出てくるからには、やっぱり、これらがぎりぎり発表できる限界だったということなのかもしれない。


巻頭を飾るのは表題作でもある李箱の『失花』。
死後に発表された遺稿とのことだが、憂鬱症でも患っているかのようなけだるさを伴う、ちょっとくだけた語り口が、私の大好きな太宰を思い出させる。

李箱といえば、李箱文学賞でも知られる韓国を代表する作家の一人。
その著名な作家を捕まえてこんなことをいうのは失礼かもしれないが、これはかなり私好みのにおいがする。
ちょっと追いかけてみる必要がありそうだ。

2番目に登場する李孝石の『ハルビン』は、国際色豊かな“満州国ハルビン”の様子が印象的。

収録作品の中で一番長いのは、蔡萬植の『冷凍魚』。
訳あって日本を抜け出して京城にやってきた日本人女性澄子と、雑誌社に勤めながら小説を書いている作家・大永(デヨン)の話なのだが、これがもう腹が立つのなんのって!
妻が出産したその日に、知り合ったばかりの女といちゃついて、夜を明かす男!?
一線越えなければ、良いってもんじゃないでしょ!!
と、カッカしながら読み進めると、最後の最後に……そう来たか!
(でもやっぱり許せん!)

そうかと思えば、金南天の『経営』。
思想犯として投獄された男にせっせと差し入れをし、その一時釈放のために奔走した女。
ようやく出てきた男に、あれこれと世話を焼いて尽くす彼女だったが、男の様子は以前とは違っているようで……。
なんでもこれ“転向連作三部作”の最初の作品なのだという。
これはもう残り作品もぜひ読みたいと思わせる作品だ。


大手新聞記者の職を辞し、妻子を伴って故郷の農村に帰郷した男。
農業を営む傍ら農村を舞台とする小説を書こうと思っていたのだが、農家の現実は甘くなかった。
李無影の『土の奴隷』はこれ、泥臭く、少し古くさく、でもやっぱり圧倒される読み応え。
だがそんな作家も、時代の流れには逆らえず……と、これは作品とは別の、巻末解説で得た知識。

夫と妻の女友だちとのちょっと変わった関わり合い。
男と女の不可解な感情とすれ違いを描いた池河蓮の『秋』はこれ、彼女が好きだったのは、彼ではなかったのではないかと、私は思うのだけれど、どうなのかしら。

一冊でいろんな味が味わえるだけでなく、巻末の年表によって、時代の流れや日本文学の動向との比較ができるのもこのシリーズのいいところ。

続刊の刊行も楽しみだ。