海外文学をこよなく愛す私にとって、翻訳家の存在は欠かせない。
だが改めて考えてみると、日本の文学を海外に紹介する翻訳家さんたちの仕事について、思いを馳せることはあまりなかった。
この本は、太宰治や茨木のり子、最果タヒなどの作品を韓国語に翻訳してきた韓国の人気翻訳家によるエッセイ集だ。
太宰治の『雀こ』の“こ”をめぐる話があったかと思えば、恋バナもあって、翻訳にあたっての苦労話や日本と韓国の似ているところ、違うところなどの話も面白いが、なにより興味深いのは和歌をモチーフにしているところ。
例えばこんな風に
세월 흐르면 다시금 이때가 그리워질까 괴로웠던 그 시절 지금은 그리우니
長(なが)らへば またこのごろや しのばれん
憂(う)しと見し世ぞ 今は恋しき
生きていれば、いつかは今のことも懐かしい思い出になるの
だろうか。今、つらかった昔のことを懐かしんでいるように。
藤原清輔『新古今和歌集』
まず和歌をハングルに翻訳した歌を、続いて元歌、そのあとに意訳を紹介し、そこからその歌をモチーフに、エッセイが綴られているのだ。
(上で紹介した歌の後に続くエッセイは、亜紀書房のHPで試し読みが出来る。)
百人一首や古今和歌集から拾い出された小野小町や紫式部、清少納言や和泉式部らが詠んだ三十一文字の世界が、二つの言語の間を行き来しながら、著者の日々の生活や仕事の中に溶け込んでいく。
確かにこの歌に歌われるような切ない思いは、万国共通なのかもしれないなあと共感したり、あの歌からそんなことを連想するとは!と驚いたり。
もとは韓国語で書かれたものだということを忘れてしまいそうなぐらいごく自然に、読み進めることができ、一気に読んでもいいけれど、1首1首あれこれ思い浮かべながら、ゆっくり読むのもまたおつなもの。
読んでいると何だか無性に、日本の古典文学を読みたくなってもくる。