私が生まれた時、そこにニューヨーク製菓店はあった。
ニューヨーク製菓店は私が生まれる前からそこにあったから、死んだ後にもしこにあるものと気ままに考えていたようだ。もちろん、人生はそういうものではない。
「ニューヨーク製菓店の末っ子」として生まれ育った作家が語るのは、幼い日の思い出、故郷のこと、そしてパン屋を切り盛りしていた母のこと。
作家が生まれる前から当たり前のようにあったから、そのままずっとそこにあるものだと信じて疑わなかった頃の思い出は、そのまま作家の母の半生でもある。
その場所に立ち戻っても既に店はなく、あの頃に戻りたくても戻ることはできない。
それでも、 ニューヨーク製菓店はかつて、確かにそこにあって、店と母とパンが、 作家を育んできたことは、紛れもない事実で。
その思い出が、作家の心に小さな灯りをともすとき、読者もまた、自分の原点に思いを馳せて、小さな灯火で暖をとる。
ここではないどこかに、無性に帰りたくなる1冊だ。