かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『白い汽船』

『白い汽船』Ch.アイトマートフ (著), 岡林 茱萸 (翻訳)/理論社 (1984/12/1)

先日読んだユン・フミョンの『白い船の中にこんな一節があった。

キルギスタンの小説家アイトマートフが書いた『白い汽船』という小説のことも教えてくれた。両親が離婚したため湖畔の祖父の家で暮らしている少年が、湖に浮かぶ白い船を眺めて、大きな魚になって船まで行きたいと夢みる物語だという。(p39)

 

この一節に惹かれて手にしたのがこの本だ。

キルギスの作家チンギス・アイトマートフは1928年生まれ。
収録されている3作はいずれも、ソ連時代に書かれた物で、社会主義国となったキルギスに生きる人々を描いている。

3作中もっとも短い『兵士の息子』は、戦死した父親の記憶を持たない少年が、戦争映画の中に自分の父親を見いだし、見いだしたが為に喜びや誇りを感じると同時に、喪失を実感することになるというとても切ない物語だ。

『らくだの眼』は、大きな期待を胸に開拓地へ赴任してきた若者の目を通して、働くことの意味を問いながら社会の現実や展望を描いた作品。
ソビエト文学らしいといえるかもしれないが、主人公の青年が時折、我を忘れるほどうっとりと見とれてしまうほどの美しい自然と、つらく苦しい現実の対比があざやかな作品でもある。

そしてなんといっても印象的なのは表題作『白い汽船』。

森林監視員たちの小さな集落で暮らす少年は、幼い頃に両親が離婚、それぞれが別の家庭を持ったが為に、母方の祖父の元で育てられている。
彼のことを心から気に掛けているのは祖父だけなのだが、その祖父は監視員である横暴な娘婿の下で補助労働者として身を粉にして働いている。
祖父がよく少年に語って聞かせたのは自分たちブグー一族の祖先は、「大角の母鹿」によって助けられ、育てられた少年と少女であったという伝説だった。
一族のものなら誰でも自分の兄弟だと信じる働き者の老人は、誰にでも親切で、誰のためにも尽くすお人好し。
そんなお人好しのおじいさんに育てられた少年は、山の上から双眼鏡でイシイク・クーリという大きな湖を眺めるのが大好きだ。
かなたの湖に浮かぶ白い汽船を眺めては、魚になって、あの船まで泳いでいって、船員をしている父親に会いに行くことを夢見ているのだ。  

だがしかし、現実の暮らしはとても残酷で、叔母は毎日のように酔った亭主に殴られて、娘のそんな様子を目の当たりにしながらも祖父は、雇い主でもある娘婿に対しどうすることもできずに心を痛めるばかり。

山間のこんな小さな集落にあっても、横領や不正は日常茶飯事、正直者が馬鹿を見る。

少年は見聞きしたこと考えたことをそっと、祖父に買ってもらった大切なカバンに打ち明けるのだった。

そんなある日、森に鹿が現れて……

それにしても、なんという美しさだろう。
そしてまたなんて残酷なんだろう。
まさかこんな結末が待っていようとは!

こんな作品を知らなかったなんて!と思ったら、映画化もされているかなり有名な作品なのだそう。

少年は自分と話すのが好きだった。しかしいまは、かれは、自分にではなくカバンに語りかけるのだ。


この1節にピンときたあなたには特にお勧めだ。