“モーメント・アーケード”は、見知らぬ誰かが体験した記憶のデータをショッピングできる場所。
「会社員のお昼休みに体験したモーメント」「人気女優のモーメント」「ノミの心臓を持つビビリのホラー映画鑑賞モーメント」「恋人とデートするモーメント」
短く編集されたあらゆる人生の“瞬間(モーメント)”が売り出されている。
主人公兼語り手の「私」はそんなモーメント・アーケードのユーザー。
流行のコンテンツには見向きもせずに、ひたすら再生回数の少ないリストの中から良質な“瞬間”を見つけ出すべく骨を折る。
そんな「私」が見つけたのは“日が暮れかけた午後遅く、公園で恋人と手をつなぐ女性のモーメント”。
女性の目を通してそのモーメントを体験した「私」は、どうしてもその恋人に会いたいという気持ちを抑えることができなくなってしまったのだった。
第4回韓国科学文学賞(中短編部門)大賞受賞作で、映画化も進行中だというこの作品。
SFなのかと思いきやもしかしてホラーだったの!?と戸惑いながら読み進めると、実はこの「私」、幼い頃からかなり深刻なネグレクト体験をしてきた末に、認知症の母親をようやく看取ったという経歴の持ち主で、物語は読者の予想とは全く違う方向に。
短篇の中に、ずしりと重い物が詰まった作品。
と同時に、私ならどんな“モーメント”を売りに出すだろう?などと、思わずあれこれ想像してしまう軽やかさも兼ね備えてもいる不思議な読み心地の物語だった。