かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ』

 

『黄金の壺』の主人公・大学生アンゼルムスは自他共に認める“いつまでたってもどじな万年学生”。
おろしたての服にしみをつけたり、邪悪な釘の頭にひっかけていまいましい鉤裂きをつくったりし、お偉いさんに挨拶しようすれば帽子が手から吹っ飛んだり、つるつるの床に足を取られて無様に転んでしまったり……と、どのどじぶりを数え上げればきりがない。

そんな彼は、エルベ河のほとりで自分のどじ加減に落ち込んでいたときに、“衝撃が電流のように全身を走り、胸の奥が震える”ことに!?

もうおわかりだろう、彼は恋に落ちたのだ。
“美しい暗青色の双のひとみ”に。
そしてこのアンゼルムス君、一目惚れした相手が、アルバイト先のお嬢さんだと、その時はまだ知るよしもなかった。

こう書くと、どじっ子大学生を主人公にした、現代風のラブコメのようだと思うでしょ?
でもこれ実は、19世紀初頭に書かれた幻想小説で、美しいひとみを持つマドンナはなんと蛇!
その父親は火の精(サラマンダー)で、若い二人の恋の行方を阻むのは、怪しげな魔法を使う老婆だったりするのだ。

いやはやこれは驚いた。
いくら美しい瞳の持ち主だったとしても蛇に恋をするか!?と、首をかしげながら読み始めたのだけれど、この文章の美しさがね。思わずうっとりしてしまうのだった。


『マドモアワル・ド・スキュデリ』は、その題材をルイ14世時代の犯罪事件と、パリの貴族社会のスキャンダルからとっただけでなく、当時の有名な女性作家マドレーヌ・ド・スキュデリを探偵役に据えたミステリー仕立ての物語だ。

パリの街で多発する高価な宝石を持った貴族が襲われる事件。
ようやく逮捕された犯人は意外な人物。
だがもしや、真犯人は別にいるのでは!?
作家というだけではなく、ルイ14世とその愛人マントノン侯爵夫人のお気に入りという立場にある御年73歳というマドモアワル・ド・スキュデリは、否応なく事件に巻き込まれ、自ら真相究明に乗り出す!?

いやいやこれは、なかなかどうして、サスペンス&ミステリ的には今でこそありがちな設定であるように思われるが、この初版1819年!この時代にこれ!
後世に影響を与えたというのも納得だ。

本書には上記2作の他にドン・ファンクライスレリアーナと題された連作から抜き出された小品が同時収録されている。
訳者解説によれば、『ドン・ファン』の語り手が宿泊する、壁掛けで隠してあるドアが、小さい廊下に通じていて、そこから直に泊まり客専用の桟敷席に入れるようになっている劇場附属の宿というのは、当時実際にあったのだそう。
いいなあ!そういう贅沢な芸術鑑賞、ぜひとも体験してみたいと思わない!?
あ、もちろん怪奇は抜きで!