引き出しに夕方をしまっておいた
いろんなことを思い浮かべるにはこのタイトルだけでも十分だという気がしていた。
夕焼け空を永遠にとどめておきたいとか。
夜を足止めしたいとか。
あるいは、誰かの帰りを待ちわびているこの時間が一番愛おしく思えるとか。
けれども、実際にページをめくってみて、
私は自分の陳腐な想像力に思わず苦笑してしまう。
ある
夕方遅く 私は
白い茶碗に盛ったごはんから
湯気が上がるのを 見ていた
そのとき 気づいた
何かが永遠に過ぎ去ってしまったと
今も永遠に
過ぎ去っているところだと
ごはんを食べなくちゃ
私はごはんを食べた
(「ある夕方遅く 私は」)
久しぶりに会った友人が言った ねえ、最近はずいぶん早く歩くんだね
(「鏡のむこうの冬3--Jへ」の一節)
そう声を掛けられて、思わず立ち止まる。
ときには 私たちの目が白黒のレンズだったらいいのに
黒と白
その間にある数え切れない陰影に沿って
(「夜の素描」より抜粋)
詩集を手にすると、私は大抵それを、声に出して読むのだけれど、
この本の中の詩は、声に出して読み上げると
なにか大切なものがこぼれ落ちてしまいそうな気がして、
そっとつぶやくように読んでみる。
2013年に韓国で出版されたハン・ガン初の詩集。
60篇ほどの詩を、きむふなと斎藤真理子という稀代の翻訳家が共訳していて、
巻末に収録された訳者二人の対談も、
詩人と詩人が詠う世界を理解するために大いに役立つ。
そしてもう一つ、
これがクオンの書籍の大きな魅力の一つでもあるのだけれど、
巻末に掲載されたURLから、
5篇の詩の原語朗読を聴くことができる。
しかも今回の朗読者はなんと詩人本人!
原詩の調べも必聴だ。