かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『ハナコはいない』

 

迷路のようなベネチアの街を歩き
ハナコの影を追う彼は
彼女の何を知っていたのか


こんなキャッチフレーズに惹かれて手にした本作は、
1994年李箱文学賞受賞作。

仕事でイタリアに出張した「彼」は、
ローマでの仕事を終えるやいなや、
列車に飛び乗って夜遅くベネチアに到着した。

二日間の休暇。
誰もが一度は行きたがる街。
とりわけ恋に落ちた男女や新婚夫婦に人気があるこの街を
一人訪れることにしたのは、
学生時代からの友人Kに薦められたからというだけではない。

この街からほど近い別の街に
ハナコが住んでいると知ったからだった。

男ばかりの高校時代からの友人たちの集まりに、
大学最後の年あたりから、顔を出すようになった女の子。
ハナコはあだ名だ。
といっても誰も本人に面と向かってそう呼びかけたりはしなかった。
それは男ばかりの仲間内でだけ通じる隠語のようなものだった。

いつもの面々で煮詰まっているとき、
付き合っている彼女との面倒な駆け引きに疲れているとき、
彼らはハナコに電話を掛けて呼び出した。

大抵の場合、彼女は快く誘いに応じ、
相手の話に熱心に耳を傾け、
大真面目に相手をしてくれた。

あんなことになる前は……。


美しいベネチアの風景を目にしながら、
「彼」の頭に浮かぶのは、学生時代や就職したてのころのあれこれ。
そういえば友人のJは……。
あのとき、ハナコは……。

妻子ある身でありながら、
行き詰まった夫婦関係から目をそらせ
昔想いを寄せていた女性を追いかけているのかと、
不快な気持ちを抱きながら読み進めると……。

モヤモヤとしたものが吹っ飛ぶラスト。
そうだ。ハナコはいない。
いなくてよかったよ。