かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『野良猫姫』

 

19歳のファヨルは、大都会ソウルの片隅でコンビニのアルバイトで生計を立てながら一人暮らしをしている。
バイトからの行き帰り、少し遠回りをしてとある坂道で、野良猫たちに餌をやるのが日課だ。
駐車している車の下にごはんを乗せた皿を押し込むと、猫たちは歓声を上げてボリボリ食べる。

一匹一匹に声を掛け、ゆっくり向き合いたいところだがそうもいかない。
地元の婦人会長さんをはじめ、この地区の住人たちから、えさをやるなと注意を受けているのだ。

もちろん、みんながみんな、猫たちを目の敵にしているわけではない。
現に仕立て直し屋のおばさんだって……。



自分の食費を削って、人目を気にしながら、猫たちにごはんをやるのはしんどい。
ののしられることもあるし、連れて帰って自分の家で飼えと怒鳴られることもある。

インターネットサイト<笑うネコのお隣さん>で知りあった、猫好きの仲間たちの協力を得て、里親を探したり、避妊手術をしたりもする。
もちろん、全ての猫を救うことなどできやしない。

それでも、やはり、雨の日も風の日も、嵐の日も、猫たちのことが気になって、坂道に足を向けるのだ。


この本には、そんなファヨルの日々の暮らしが詰まっている。
あの猫のこと、この猫のこと。
サイトで知りあった猫好きの仲間たちとのあれこれや、猫を介して広がる人付き合いのこと。

行方知れずの両親のことや、ファヨルのことを心から気に掛けてくれる身内のこと。
自分が本当にやりたいこと。


訳者あとがきによれば、著者のファン・インスクは「私は猫に生まれたい」で詩壇にデビューした詩人で、本作が初の小説、元々大手出版社のインターネット会員制サイトで94回にわたって連載され、反響を受けて書籍化されたものなのだという。


そう聞けばなるほどと思う。
元気いっぱいの日もあれば、どんより落ち込んむ日もあるつれづれ日記風な文体で、だからこそなおさらリアルに、ファヨルと猫と、社会の中で忘れられがちな、でも確かに存在して、誰かが気に掛けてくれることによって生きながらえているようなそんな、人々や猫たちの暮らしぶりが浮かび上がる。


一気に読むというよりは、毎日少しずつ、ファヨルと一緒に坂道を上って、猫たちに会いに行くような気持ちで読むのがお勧めの本だ。