かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『たけこのぞう』

たけこのぞう

3冊目の短編集『陽だまりの果て』で、第50回泉鏡花文学賞を受賞した大濱普美子さんのデビュー短編集。

『陽だまりの果て』をKindleサンプルで試し読みしたところ、とても良い感じだったので、どうせなら初期の作品から追ってみようと読んでみた。
……といいたいところなのだけれど、この美しい文章は、ぜひとも紙本でじっくり味わいたいと思ったものの出遅れて、取り寄せ注文はしたものの、丁度数日前に書評家の豊崎さんが絶賛した記事が出回ったこともあってか、既に版元品切れで重版待ちとのこと。
しかたなしに、とりあえずこちらから…と、図書館で見つけた2013年に出たこの本を手に取ってみたのだった。

結果、大当たりだった。
めちゃめちゃ正解だった。

玄関を入るとすぐ目の前にある急な階段
畳3畳分の納戸を作りかえた小さな書斎
銭湯の番台や日当たりの良い縁側

丁寧に描かれた物語の舞台がページをめくるたびに目の前に鮮やかに浮かび上がる。

引き込まれるように読み続けると、いつの間にか自分がその場所に立っているような気になってくる。
今まさにトントンと音を立てて階段を上って、この扉を開けた先に……。


ある意味すごく写実的なのに、その一方でとても幻想的で、全くありえなにのに、すんなりと受け入れられる。

どことなく懐かしく、とても切なくて、時折背中に寒気を感じ、一見どこにでもあるありふれた場所のようでありながら、二度とたどり着けないような不思議な世界に迷い込む。

出し惜しみするわけではないが、どんな話だったかとあれこれ説明する気にはなれない。ただただこの世界に浸っていたいとしか。
たとえ、溺れてしまっても……。

とにかくすごい短編集だった。
この先ずっと追いかけたいと思える作家に出会ったとだけ。


<収録作品>
猫の木のある庭
フラオ・ローゼンバウムの靴
盂蘭盆
浴室稀譚
水面
たけこのぞう