かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『グッバイ・クリストファー・ロビン:『クマのプーさん』の知られざる真実』

 

著者のアン・スウェイトはイギリスの著名な伝記作家で、東京女子大学で教鞭をとったこともあるのだそう。
中でも「A.A. Milne: His Life」(未邦訳)は、ウィットブレッド文学賞の伝記部門年間最優秀賞を受賞した作品なのだという。
膨大な資料に当たって書かれたこの伝記は、「あまりに詳しすぎる」と評されるほどの情報量で、本を書くために集めた資料だけでもう一冊、資料集も出版されたほど。
ちなみにこの資料集は『クマのプーさんスクラップブック』というタイトルで筑摩書房から2000年に邦訳出版されている。

本書は2017年、監督サイモン・カーティスで撮影された伝記映画「Goodbye Christopher Robin」の原作本という形で、「A.A. Milne: His Life」からプー関連の章だけを抜き出して再構成し刊行された書籍を底本とした翻訳本で、翻訳を担当したのはいずれも著者の教え子だという二人の翻訳家だ。


タイトルからして明るい話ではなさそうではあったし、コナン・ドイルとホームズのように、作家が本来書きたかったものとは違った作品で有名になって悩むとか、人気子役がそのイメージを払拭できずに大人になって苦労する話などをイメージしつつ読み進めたのだが、思っていたよりずっとあっさりと、さわやかですらある読み心地に驚いた。


もちろん、作中の少年と同じ名前を持ち、愛らしい挿絵と挿絵にそっくりな写真が共に知られていて、父親の書いた詩を自らの幼い歌声でレコーディングまでしてしまったミルンの愛息クリストファー・ロビンの足跡と、長じてからの苦労や苦悩には多くのページが費やされている。

また、ミルン自身はプーに出会う前に既に劇作家として成功していてかなり裕福だったことや、様々な作品を手がけたが、なんといっても人気を博し後世に残った作品はやはりプーであったことも。


同時に、ケネス・グレアムの『たのしい川べ』やサキの『クローヴィス物語』をはじめ、同時代作家やその作品のことや、劇作家ならではの俳優たちへの言及も多く、挿絵画家E・H・シェパードと出版社の間には印税の契約がなかったなどというびっくりするような話もあって、20世紀前半の英米文化史としても楽しむことができた。