かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『華語文学の新しい風 (サイノフォン)』

 

“サイノフォン”という聞き慣れない言葉と、劉慈欣の名前に惹かれて手にした本。
なんでも華語文学の新たな流れを紹介する白水社の新シリーズの第1巻なのだそう。

サイノフォン(華語語系文学/Sinophone Literature)とは、もともとおよそ大陸以外の台湾、香港、マカオといった「大中華」エリアと、南洋すなわちマレーシアやシンガポールなどの国の華人コミュニティー、ひいてはより広く世界各地の華裔ないし華語使用者の言説とエクリチュールの指すものです。


巻頭に収録された11ページほどのシリーズ刊行に寄せた編者の一人王徳威の一文はちょっと難しい論文調で、正直(この本最後まで読み通せるかしら)とちょっと心配になりもしたが、収録作品を読み、編者の一人で訳者でもある濱田麻矢の巻末の解説まで目を通した後に戻って、改めて読み直してみると、(なるほど、なるほど!)と思わずうなずくことばかりだった。

収録作品は全部で17篇。
小説、旅行記、詩と作品の種類が様々なら、それぞれの舞台も、上海 チベット、カザフ、香港、台湾、日本、ボルネオ島、シカゴ、ボストンと多彩だ。

原文は1作を除き、「中国語」(中文)で書かれているとのことだが、作品の中にマレー語やカザフ語、日本語やタイヤル語などの語彙が紛れ込んでいるものも多いという。

書かれた年代を確認してみると、一番古いものが、1964年に執筆された「シカゴの死」で、新しいものは、2014年に発表された「三十三年京都の夢」「父祖の名」「モンコックの夜と霧」あたり。
読み始める前に“新しい”という言葉から想像していたような、新進気鋭の作品を集めた作品集ではなかった。

比較的新しい劉慈欣の「西洋」は、新大陸を征服したのは華人だった…というSFだが、その他の小説は比較的オーソドックスな文学作品という印象で、勢いに任せて一気に読むというよりは、一作一作じっくりかみしめて読むのに適している。

1960年代、戒厳令下にあった台湾から自由と成功を求めて米国留学を果たした主人公は、貧困と孤独にあえぎながらも学業をおさめ博士号を獲得するも、息子の成功と再会をひたすら願っていた母は既に亡く、恋人も彼の元を去っていた。
白先勇の「シカゴの死」は、ある程度予測できる結末ながら胸に迫るものがある。

台湾原住民作家ダデラヴァン・イバウの長編エッセイ「グッバイ、イーグル」の抄訳で、私はおそらく初めて、パイワン族やパイワン語にふれ、もっと知りたくなっている。

李娟(濱田麻矢訳)の「突然現れたわたし」がとても魅力的だったから、日本翻訳大賞でも話題になっている『冬牧場』もぜひ読んでみたい。

香港の作家西西「浮都ものがたり」は、ルネ・マグリットの絵をモチーフにした寓話的な物語だが、これはやっぱり、カラーで片側の頁いっぱいに描かれたマグリットの絵と一緒に鑑賞したいところ。

「三十三年京都の夢」の著者朱天心には、川端康成を下敷きとした『古都』という作品があって国書刊行会から翻訳出版されているとのこと、これも読んでみなくては。

宋沢莱の「傷痕」やワリス・ノカン「父祖の名」には、占領者としての日本人のあれこれも描かれているし、楊顕恵「上海から来た女」はこれ、まるでソ連時代のラーゲリを思わせるなと思っていたら、解説に“中国版『収容所列島』”の文字があって思わず、我が意を得たりと苦笑いしてしまいもした。
いずれもずしりと読み応えのある作品だ。

言語、民族、歴史、社会、アイデンティティ……様々な問いを読む者に投げかけてくる作品ばかり。
このシリーズ、今後も追いかけてみようと思わせるのに十分な、読み応えたっぷりのアンソロジーだった。