かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『辮髪のシャーロック・ホームズ 神探福邇の事件簿』

 

この小説は香港人である私からシャーロック・ホームズへの恋文であると同時に、シャーロキアンである私から香港へのラブレターでもあります。
著者が日本の読者に向けた添え書きは、この本の特徴を見事に言い表している。

一九世紀末の英国でコナン・ドイルによって書かれたシャーロック・ホームズの冒険譚を、時代はそのまま、舞台を清朝末期の大英帝国の東の果ての植民地である香港に移して物語るこの大胆なパシティーシュで主役を張るのは、諮問探偵である満洲旗人の福邇(フー・アル)。
福邇の偉業を世に知らしめようと数々の事件の顛末を語るのは福建省出身の漢人、退役軍人で医者の華笙(ホア・ション)だ。

第一話のタイトルが『血文字の謎』とくれば、多少なりともホームズをかじったことがある読者ならば、ああこれはアレだな!と思うはず。
本家を知らずに普通に読んでも面白いと思うが、原典を知っている読者には、ここをこういう風に置き換えるのか!という驚きや感嘆が待ち受けている。

続く第二話は『赤毛嬌街』。
字面からしてアレでしょ!っと思うでしょ?
面白く読みながらも、確かにアレではあるのだけれど、アレそのものではないような……と首をかしげていると、訳者あとがきで、三つの正典が組み合わされていたと知る。
これってやっぱりシャーロキアンには自明の理なのかそうなのか!?

ホームズにさほど詳しくない私には、他にも掛け合わされた二つの正典のうちの一つしかわからなかったり、元ネタが全くわからなかったりするものも。
そんな読者でも十二分に楽しめるのがこの本の魅力でもあるのだろう。

第四話の『親王府の醜聞』についてはもちろん彼女の話だとわかったが、だがまさか、こんな風に置き換えられているとはね!!

興味深いのは地名や風習や当時の体制だけでなく、実在した人物や史実をふんだんに登場させている点だ。
丁寧につけられた注釈も含め、この一冊でホームズの世界だけでなく、一九世紀末の香港を旅することが出来るのだ。

ちなみにこの福邇、本家ホームズより性格がよさそうな気がするが、この印象、続刊で少しずつ変わっていくものなのか?その辺りも気になるところだ。