“ひと月”をテーマに古今東西の文学作品を集めた国書刊行会のアンソロジー“12か月の本”。
『5月の本』 『6月の本』ときて、7月を飛ばして、『8月の本』を読んでみた。
12か月を通じて編者は作家で翻訳家の西崎憲氏。
国書刊行会らしい布張り箔押しで水や脂に強く耐久性のあるクロス装という高級感のある装丁も同様だ。
短編小説、詩、エッセイ、とバラエティに富んだ作品が21篇。
うちタイトルに8月とあるのは、中谷宇吉郎の「八月三日の夢」と吉田絃二郎の「八月の星座」のみ。
八月といえば、お盆に怪談、夏休みに海、原爆や戦争などを思い浮かべるが、さて今回のラインナップは…。あの人、どう思いますか、影が無いようですね。
北原白秋の「影」はホラーなの!?
石井桃子の思い出語りお盆にしみじみ。
アルプスのシャモニーを舞台にした久生十蘭の「白雪姫」(1951年)の、まぶしいほどの西洋かぶれぶりに思わずニヤッとしてしまう。
雲のなかで、ジャンはいらいらしながら待ちつづけた。なぜぼくの資格審査だけに手間どるのか。さっきまで雲のあいだにウヨウヨと見え隠れしていた黄色い顔の連中は、いまは一人も見えない。ニイボンだとかいって、みんなどこかへ姿を消してしまったのだ。ところがジャンにだけはまだなんの音沙汰もない。いったいどうしたことなのだろう。ぼくがフランス人だからか。それとも、ぼくの死が自殺だからなのか?
山川方夫の「ジャンの新盆」(1962年)の東西の死生観の違いを皮肉りつつ展開するユーモアにうなる。英国の季節には冬と夏の二つしかない。そしてその交代と対照が英国文学を育ててきた。
吉田健一の「美しく、短すぎる夏」の“美”にうっとりしながら、冬が明けて春になると、それが足早に夏に変わっていく
様は、吉田の言うとおり、日本の北国に似ているのかもなどと思う。
井上靖の「驟雨」を読んで、なんだか宮本輝みたいだと思ってしまった自分に苦笑する。
もちろん、影響を受けているとすれば、宮本の方だ。
永井荷風の「蟲の声」の美しさに、これは朗読とかでもいいかもと思ったりも。
他にも堀辰雄、須賀敦子。茨木のり子、尾崎緑、宮本百合子、萩原朔太郎、ブルーノ・シュルツ(工藤幸雄訳)、寺田寅彦など。
なかでもやっぱり、インパクトがあったのは、久々に読んだ太宰治の「トカトントン」
某作家に宛てた青年の手紙の内容に高揚した気分を一気にさます作家の返信が、読者にとってまさに「トカトントン」で。
これはちょっと巧すぎるよ太宰。
再読だから分かっちゃいるけど、それでもやっぱり「トカトントン」!


