かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『作家と本屋』

 

平凡社の人気シリーズ「作家と〇〇」第10弾。
今回のテーマは「作家と本屋」
作家や書店主らによるエッセイや漫画など47篇が収録されている。


本屋さんに行ったとき、最初にどのコーナーに立ち寄るか問題。
意外なことに川上弘美さんは、料理本コーナーからなのだという。


本屋の話といいつつ、あそこの店、ここの店と、店員の女の子の話を綴るのは、吉行淳之介さん。


「本は僕にとって、大好きになるかもしれない可能性を秘めた入り口なんだ。」というのはみうらじゅんさん。


皆川博子さんの「書物の森を旅して」は7ページほどの短文に、ドラマも情景もしっかり盛り込まれていて、その読み応えに改めて驚く。


「あの頃のように本を愛せなくなってしまった」という又吉直樹さんの告白に胸を痛め、あの人もこの人も言及する「丸善」で、店員として働いていたことがあるという佐多稲子さんの思い出話に、かつての「丸善」の様子を思い浮かべていろいろなことが腑に落ちたりする。


石牟礼道子さんの思い出と思い入れを語る田尻久子さんの話に胸を打たれ、島田潤一郎さんのSNSを通して新刊情報を得ることが多くなったことによって、本屋との付き合い方が変わってきているという話にドキッとしたりもする。


現役の皆さんの興味深く読み応えのある一文に比べ、正直、故人の文章の中には、偏屈な性格(?)がにじみ出ているようなものもあり、どうせ選ぶならもっといいものがあったのでは?と思わず書き手に同情してしまったりもしたのだが、そんな書き手の意外に思える一面こみで面白かった。

 

『物語たち』

 

大学の建築デザイン学科に入学し、上京して一人暮らしを始めた佐藤比呂が、一般教養で森名教授の「文学」を選んだのはだた単に「法学」や「経済学」より簡単そうだと思ったからにすぎなかった。

自分が受講するのは場違いなのかもしれないと気後れしながらも、同じ教室にいた女子学生佐藤美歌に惹かれたこともあって受講を決めた比呂だったが、次の講義で取り上げる作品を読んでくるようにという教授の言葉で、学生たちは篩にかけられ、残ったのは比呂と美歌の二人だけだった。

比較文学を専門とする森名教授の案内で、比呂と美歌、二人の佐藤は、古代文学『ギルガメシュ叙事詩』、『イリアス』『源氏物語』『ヴェニスの商人』『ロビンソン・クルーソー』に『フランケンシュタイン』、『失われた時を求めて』や『城の崎にて』等を経て、現代小説、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』まで15の物語をめぐることに。

読者もまた教授の講義を受けながら、読んだことがある作品については、うなずいたり、新たな知見を得て驚きを感じたりし、未読作品をいそいそと読みたい本のリストに加えたりしながら読み進める。

なるほどこれは、小説の形をとった文学案内なのかと思っていたのだが、やっぱりそこは相川氏。
いつの間にか不思議な世界に迷い込み……。

いやしかし、このラストは……!!


何だかしてやられた感が半端ない。
全くの想定外だった。

『こんなにも多くの人が、マリアナ』

 

巻末の訳者解説によると、マリア・ジュディッテ・デ・カルヴァーリョ(1921-1998)は20世紀のポルトガル文学を代表する作家のひとりと目されながらも、没後は次第に忘れ去られ、一時は作品のほんどが絶版になってしまっていたのだという。
ところが没後20年の2018年に本国で全集が復刊されたところたちまち話題となり、新しい読者を増やしているのだそうだ。

本書はそんな著者の短篇集『こんなにも多くの人が、マリアナ』(1959)と中編『空(から)の戸棚』(1966)をあわせて収録した作品集だ。

巻頭に登場するのは表題作で、ひとりひっそりと死を迎えようとしているマリアナが、自分の人生を綴る60ページほどの物語なのだが、繰り広げられる場面場面がはっきりと目に浮かぶ気もするし、なにかをごっそり持って行かれたような疲労感もすごくて、読み終えるまで数日を要してしまった。

続くいくつかの短篇にも、性暴力や家庭内暴力、「世間の常識」的な制約という圧力にさらされる女たちが登場する。
独裁政権による抑圧だけでなく、家父長制によっても虐げられる女たちの孤独や憤り、諦めが、読んでいてとてもしんどいく、それでも目をそらすことが出来ずに、ゆっくりと少しずつ読み進めて、ようやく最後に中篇「空(から)の戸棚」にたどりつく。

ときどき、私は自分自身を下手な役者だと感じることはあった、劇的なことには向いていないから。けれど、よもや役者は彼で私は観客だったとは思いもよらなかった。(p260)

決定的ななにかが起こったことが暗示されるような不穏な語り口で進んでいく物語は、夫に先立たれ、娘と二人で暮らしている中年女性の物語だったはずなのだが……。
収録されている9作品の中で、最も印象深く、最も気に入った作品だった。

『パレスチナの羊飼い』

 

あたしの名前はアマニ。意味は「願い」。
あたしの願いはひとつだけ。
この地には、あたしの命が息づいている。
いつまでも、この地にいられますように。


アマニの家は、千年以上続く羊飼いの家系だ。
代々一族の男子が羊飼いとなって山で羊を放牧し、家族はふもとの谷間の地で農業を営んできた。山裾の段々畑では、山の上から引いてきた湧き水をつかって乾燥に強いオリーブを、その下では野菜やぶどうを育てている。

アマニは女の子だけれど、小さい頃からシド(アラビア語で「祖父」の意味)の跡を継いで羊飼いになるのが夢だった。
学校に通いはじめる予定だった直前に、父さんや母さんやおじさんの反対をおしきって、羊飼いの見習いになることになったのは、家長であるシドから羊飼いの見習いになることを認められたからだった。

大好きなシドと大事な羊たち、牧羊犬のサヘム、山の頂から見おろす自分たちの家。
アマニには大切なものであると同時にそこにあって当たり前のものだったが、次期家長のハーニーおじさんは「パレスチナ人の羊飼いに未来はない」と言い切るのだった。

なぜって、山の反対側にはすでにイスラエル人の入植地が広がっていて、家の直ぐそばにハイウェイが建設され始めているのだから。

シドから学校では教えてもらうことのできない山の知恵を学びながら、羊とともに生きる術を徐々に身につけ始めたアマニだったが、パレスチナを襲う非情な現実が次第に少女とその家族を追い詰めていく。

羊飼いの少女の視点から、パレスチナ人とイスラエル人の間の紛争と社会の問題を描いた物語。
どんな状況にあっても、大切なもののためにひたむきに生きるようとする少女の奮闘が読者の胸を打つ。

訳者の解説によると作者は、若い頃からイスラエルをたびたび訪れてきたというカナダ人で、パレスチナの人々の話も聞いてみたいと、2005年からパレスチナ人家庭に滞在しながら、約3年をかけてこの作品を書きあげたのだという。
そのため本作も入植者たちの非情な行動に悲鳴をあげ、憤りを抱えながらも、「共生」の道をさぐる姿勢で描かれている。
それゆえ読者によっては生ぬるいと感じる向きもあるかと思うが、少女の未来に期待をもち、かすかであっても希望を感じさせるラストに、YAらしい余韻を感じてホッとしもする。
もっとも私たち大人は、子どもたちに未来を託してばかりではいられないとも思いはするが…。

 

2026年9月の読書

9月の読書メーター
読んだ本の数:7
読んだページ数:2190
ナイス数:229

キッチン常夜灯 満月のキッシュロレーヌ (角川文庫)キッチン常夜灯 満月のキッシュロレーヌ (角川文庫)の感想
角川文庫夏フェア2026の一冊。シリーズ第5弾、今度の主役は新入社員。社会に出たばかりの頃には誰でも経験するようなあれこれに、黒歴史を思い出してどんよりしたりもするけれど、いつもながら美味しそうな料理のオンパレードに元気をもらいもした。それにしても1冊毎に主人公が替わるこのシリーズ、みんながみんななんて人が良いんだろう。 私だったら自分がご褒美に訪れるようなお気に入りお店を、同期はともかく後輩や部下には教えたくないと思うかも……。
読了日:09月28日 著者:長月 天音
転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す13【電子書店共通特典SS付】 (アース・スターノベル)転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す13【電子書店共通特典SS付】 (アース・スターノベル)の感想
Web版よりこちらの方がほんの少し先行していたことに驚くなど。
読了日:09月20日 著者:十夜
キッチン常夜灯 夜ふけのオニオングラタンスープ (角川文庫)キッチン常夜灯 夜ふけのオニオングラタンスープ (角川文庫)の感想
シリーズ第4弾。今度の主役はベテラン店長。お腹の中からじんわり温かくなる味わい。
読了日:09月19日 著者:長月 天音
だれか、わたしを助けてだれか、わたしを助けての感想
収録作品の数にもよるだろうが私の感覚では1冊の短篇集に2、3作のお気に入り作品があれば面白かったと評するだろうし、4作以上あったなら絶賛するに違いない。だけどこんなのは想定外。まさか12作品全てがこんなにも素晴らしいなんて。貧困、差別、暴力…社会や他者の容赦なさに打ちのめされながら主人公たちがあげるのは、まさに「だれか、わたしを助けて」という表題作に象徴されるような声にもならないような悲鳴。繊細で美しくそのくせとても残酷な物語たちは、1作1作がずっしりと重く、それぞれがまるで長編小説のような読み応え。
読了日:09月14日 著者:エリカ・クラウス,古屋 美登里
ルミッキ2 雪のように白くルミッキ2 雪のように白くの感想
フィンランド語で「白雪姫」を意味する「ルミッキ」という名前の高校生が主役の北欧ミステリーシリーズ第二弾。学校の休みを利用してひとり旅にでたルミッキは、チェコのプラハで若い女性に声を掛けられた。彼女の名はゼレンカ。自分はルミッキの腹違いの姉だという。 そんな馬鹿な話はないと思いつつも、話を聞くうちに、本当かもしれないと思えてきたのは、それが本当の記憶なのか、それとも想像の産物なのかははっきりとしなかったものの、ルミッキ自身に姉とおぼしき少女とのおぼろげな記憶があったからだった…。
読了日:09月10日 著者:サラ シムッカ
この世界からは出ていくけれどこの世界からは出ていくけれどの感想
韓国語のタイトルは「방금 떠나온 세계」で、英訳だと“The world we just left”、日本語だと「さっき去ってきた世界」といった意味になるようだ。 収録作品の中に韓国語のタイトルの作品も、この日本語版のタイトルの作品もないが、収録されている7つの作品はすべて「自分が属していた世界から他の世界へと旅立ったり、そうして旅立っていく人を見守る話だったり」するのだと著者は解説する。 「ある人が、自分が生まれ育ち慣れ親しんだ世界をふと見知らぬものとしてとらえる瞬間を描きたい」と思ったのだと。
読了日:09月07日 著者:キム・チョヨプ
キッチン常夜灯 ほろ酔いのタルトタタン (角川文庫)キッチン常夜灯 ほろ酔いのタルトタタン (角川文庫)の感想
シリーズ第三弾。仔牛のバスク風煮込み、マッシュルームのポタージュ、タルトタタン…等々、相変わらず「常夜灯」の料理は美味しそうだし、「シリウス」の新メニューも食べてみたいと思わせる出来映えで、グルメがウリの作品であることは間違いないのだけれど、どちらかというと私にとってはこのシリーズ、料理はサイドメニューで、楽しみなメインは「仕事」の方にあるようだ。 もちろん現実には、なかなかこうすっきりとお悩み解決!とはいかないだろうけれど、そこはそれ、小説だからこその甘さが美味しい。
読了日:09月03日 著者:長月 天音

読書メーター

『キッチン常夜灯 満月のキッシュロレーヌ』

 

新卒でチェーン系洋食店「ファミリーグリル・シリウス」を経営する株式会社オオイヌに就職した高坂あかりは、駅に直結するデパートのレストランフロアにある池袋店に配属された。

入社前研修をした社内売上不動の一位を確立している神保町店に勤められたらいいなと思っていたのだが、そちらに配属されたのは、同時期に入社前研修を受けた縁で、同期の中でも仲良くしている千明だった。
せめて店長が、入社後の合同研修で教育係だった浅草雷門通り店店長の南雲さんぐらい若い女性だったなら、もう少し馴染みやすかったかもしれないけれど…と、池袋店のベテラン店長、鳥羽いつきに職場を案内されながら思ったりした。

入社前研修の経験から、ホールの仕事なら自信もあったし、そこそこ使える人材であるつもりでいたが、いざ働き始めてみると棒立ち状態で、アルバイト学生やパート店員の働きぶりに呆気にとられるばかりだった。

想像以上の忙しさに気力も体力も奪われて、うまく動けない自分に落ち込んでいたとき、店長が誘ってくれたのが「キッチン常夜灯」だった。

路地地裏の古ぼけたマンションの1階で夜から翌朝にかけて営業している「キッチン常夜灯」は、フランスのバスク地方で修行をしたというオーナシェフの城崎さんと人当たりが良く包容力抜群のソムリエ兼ホールスタッフの堤さんが二人で営む店だ。

あかりは、この店で、客のことを考えて丁寧に造られた料理に舌鼓をうちながら英気を養い、出会った人たちからもいろいろな刺激をうけて、社会人としての階段を一つ一つ上っていく。

思うように出来なくて自信をなくしたり、ようやく慣れてきたと思ったらクレームにつながるミスをしてしまったり……大なり小なり社会に出たばかりの頃には誰でも経験するようなあれこれが、すっかり埃を被った読者の胸や頭を刺激し、黒歴史を思い出して時折どんよりしたりもするけれど、いつもながら美味しそうな料理のオンパレードに元気をもらいもした。

それにしても1冊毎に主人公が替わるこのシリーズ、みんながみんななんて人が良いんだろう。
私だったら自分がご褒美に訪れるようなお気に入りお店を、同期はともかく後輩や部下には教えたくないと思うかも……。

『キッチン常夜灯 夜ふけのオニオングラタンスープ』

 

路地地裏の古ぼけたマンションの1階で夜から翌朝にかけて営業している「キッチン常夜灯」は、フランスのバスク地方で修行をしたというオーナシェフの城崎さんと人当たりが良く包容力抜群のソムリエ兼ホールスタッフの堤さんが二人で営む店だ。

チェーン系洋食店「ファミリーグリル・シリウス」の池袋店ベテラン店長のいつきが、「常夜灯」に足を踏み入れたのは全くの偶然で、後輩たちのいきつけの店であることは全く知らなかった。
知っていたら多分、ふらっと入ってみたりはしなかっただろう。

勤続23年。女性の離職率の高い職場にあって、いつの間にか店舗で働く女性社員の中では最年長になってしまったいつきだが、デパートのレストランフロアにある店舗にあって、売上面でも実績のあるたたきあげの店長としての自負もある。
それだけに「女性活躍」を掲げた会社の方針で、女性の店長が一気に増えたことに対するもやもやも抱えているのだった。

若い世代の台頭で働いていた会社がだんだんと変わっていくことに対する不安もあれば、育ててきた後輩の退職問題もあり、いつの間にか年を取った両親の健康問題もあったりで、まだ40代とはいえ、いつきの抱える悩みは、このシリーズのいままでのどの主人公よりも読者である私にとって身につまされるものがある。

それだけに「常夜灯」に通うことで、自分自身を大切にしたいとおもうようになったいつきの変化と、前作までの主人公たちとの打ち解け合った交流にどこか温かい気持ちになる。

マッシュしたジャガイモと牛肉のミンチを重ねてオーブンで焼いたジャガイモを使った豪華なグラタンのようなアッシュ・パルマンティエ。
一見丸々としたキャベツそのものに見えながら、切り分けるとキャベツの中に挽肉のファルスがぎっしりと詰まっているシュー・ファルシ。
そしてもちろん、温かいオニオングラタンスープ。

シリーズ第4弾は、秋風が身に染みるようになってきた北国の今にぴったりの暖の取れる一冊だった。