かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『フェルナンド・ペソア伝 異名者たちの迷路』

 

クリーム色とでもいうのだろうかほんのわずかに黄色がかった白地にほどこされた白箔、まかれた帯はカバーよりも白だ。
全体にただ白いだけではない、白箔と帯の白さが、うすく黄色がかったカバーの色味を浮かび上がらせる効果があって美しい。
視覚よりも意識に直接働きかけるかのようなこの装丁を眺めていると、頭の中にぼんやりと浮かんでくるのが、帽子をかぶったペソアのシルエットだ。

そういえば私がはじめて読んだペソアは、この本の著者澤田直氏が翻訳したものだった。

ポルトガルの国民的詩人フェルナンド・ペソアについて500頁近い大作を書き記した澤田氏は、留学先のパリで一冊の詩集に出会って以来、ペソアに惹かれ続けて、ついにはポルトガル語を学び自身の手で『新編 不穏の書、断章』を翻訳してしまったというフランス文学者だ。

詩人の作品や書き残した言葉をふんだんにひきつつ、詩人の生涯とその功績を語りあげた本書の一番の読みどころはやはり、異名とはなにか…ということではなかろうか。

最も偉大な芸術家とは、最も強烈に、最も深く、最も複雑に、自分以外のすべての存在を生きる者です。(p95)というペソア

異名者とは“「わたし」のうちの他人でもなければ、未知の部分でもない”。
ペンネームを使い分けるというのではなく、詩人本人とは全く違った人格をもった異名者という存在。

異名毎の作品分析、その社会的な立ち位置、ペソアの人生と異名者たちの人生の交わりとすれ違い……。

あとがきで著者はペソア伝であると同時に、ペソア入門でありたいと考えた。と語っているが、正直なところ「名前は聞いたことがあるけれど…」というような、ペソア初心者にとって、この大作を読み切るのは難しいのではなかろうか。
そういう読者にはまず、著者の熱い思いがこもった本書のプロローグに目を通した後、『新編 不穏の書、断章』(澤田直訳)を手にすることをお薦めしたい。

もっとも、ペソアのことは良く知らないけれど、同時代のマルセル・プルーストジェイムズ・ジョイス、あるいはそれに続く作家たちの「自我」関するあれこれに関心をもってきたという読者であれば、ペソアへの入り口として興味深く読むことが出来るかもしれない。

そして、ペソアについてもっと知りたい、その作品をもっと読みたいと常々思っているというような、「沼」に足を取られつつある読者ならきっと、繰り返しページをめくることになるだろう。