かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『アナーキストの銀行家』

 

アントニオ・タブッキは、私が愛してやまない作家の一人だ。
彼はイタリア人であったが、ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアを敬愛していて、イタリアにペソアの作品を積極的に紹介した。
それだけでは飽きたらず、自身の作品の中にも頻繁にこの詩人を登場させた他、ペソアと同じポルトガル語で執筆をするようになり、やがてポルトガルの大学で教鞭を執り、ポルトガルの病院でその一生を閉じた。

タブッキがそれほど惚れ込んだペソアの作品を私もぜひ味わいたいと、これまでいくつかの本を手にしてきた。
中には生涯大切にしようと思っている本もあるが、今ひとつ理解が及ばず評価保留という本もある。
それでもやはり、ペソアと聞けば素通りはできないというほどには、惹かれているのだ。

そんなわけで『アナーキストの銀行家』。
表題作 Il banchiere anarchico は映像化され、2018年、ヴェネチア国際映画祭の SCONFINI 部門で公開されたことでも注目を浴びた作品でもある。
7編を収録した本書は、底本とした短編集から、訳者がより作品としての完成度が高く、軽妙洒脱な小説家としてのペソアの一面があらわれている作品を選んで編んだものだとのこと。

そう聞いて(ペソアに完成度を求めてもなあ)(取捨選択せずに底本収録の10編全部訳してくれればよかったのになあ)とぶつぶつ文句をいいつつも読みはじめる。

巻頭作「独創的な晩餐」は、異名アレクサンダー・サーチの名のもとに英語で執筆された作品。
サーチ氏はリスボン在住のイギリス人作家という設定なのだそうで、なるほど作品にも英国怪奇小説的な雰囲気が漂う。

収録作品の中で最もペソアらしい(?)気がするのは「忘却の街道」
ポルトガル語の慣用句を使った小話「たいしたポルトガル人」
「夫たち」に描かれているジェンダー観はまあ確かに今日的といえなくはないが、これがペソアその人の考え方であるという風にはすんなり受け取れないのは、私のあまのじゃく体質ゆえか。
思いの丈を綴った出されることのない「手紙」
思わずぞくっとさせられる「狩」
そして、らしくないようでやっぱりらしい気もする「アナーキストの銀行家」

いろいろな顔が見え、いろいろな味が味わえるという点では、いかにもペソアらしい作品集といえるのかもしれない。

正直なところ、これはすごい!とか、これが忘れがたい!!といった特別な作品はないが、どれも悪くはなくそれなりに面白かった。
ただ一つ気がかりなのは、比較的読みやすい作品が集められているだけに、この本ではじめてペソアに出会った読者が、良くも悪くも「なるほどペソアとはこういうものか……」と思ってしまうのではないかということだ。

ペソアの実力はこんなもんじゃないから!(← 失礼!)
ペソアに求めるのは完成度じゃないから!(← ますます失礼!!)
と、ついつい余計な口出しをしたくなるという点で、なかなか面白かったし、この先もずっと手元においておこうと思ったにもかかわらず、私のこの本の評価は少々辛めになってしまうのだった。
                (2019年09月20日 本が好き!投稿