かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『千個の青』

 

彼の名はコリー。
ブロッコリーの色に似ていることから、ヨンジェによってそう名付けられた。

元々の名前はC-27。
競馬用に開発された騎手ヒューマノイドだ。
競馬レースの弱点は騎手が人間だという点にあり、これは馬が最高速度を出せない要因の一つだった。
そのため、人間より小さくて軽い、落ちても命に別状のない新しいヒューマノイドが生み出されたのだ。
騎手ヒューマノイドは平均150センチの背丈と炭素繊維からなるボディのおかげで人間よりずっと軽い。
存在そのものが馬に乗るためのものであるため、落馬して壊れたらそのまま廃棄処分になる運命だった。
コリーと名付けられる前のC-27も、落馬事故により下半身が壊れてしまい廃棄を待つ状態だった。

彼が干し草の上に寝っ転がっていたのは、厩舎の管理人ミンジュがこの少し変わったヒューマノイドを騎手房から出してやったからだった。
なぜって彼がほんのしばらく空が見たいと言うものだから。

こうして彼は、ロボット分野において天才的な才能を持ちながら、15歳にして既にその道に進むことを諦めているヨンジェと知り合うことになったのだ。

ヨンジェの父親は既に亡く、鶏料理専門店を営む母ボギョンと車いすユーザーの姉ウネと3人で暮らしている。

ウネはポリオに起因する小児麻痺で両足が動かない。
人間の骨と関節をそっくり再現できる生体適合性素材で脚を作る技術は確立されていたが、とても高価で母娘には全く手が出ないものだった。

毎日のように競馬場に通うウネは、いつも馬たちの相手をしていた。
そして彼女が一番気にかけている馬が、コリーとタッグを組んで去年までエースとして活躍していた競走馬のトゥデイで、今まさに関節の故障のため安楽死の危機に瀕したのだった。

時は2035年。
様々な分野で機械化が進み、便利になる反面、ロボットに仕事を奪われる人も多い世の中だ。
ヨンジェがコンビニのバイトをクビになったのもそんな理由からだったのだが、なけなしのお金をはたいて廃棄が決まっていたコリーを買い受けたのもヨンジェだった。

かくしてヨンジェとコリーとウネは、様々な人を巻き込んでトゥディを助けようと奔走することに。

ぼくは長いあいだトゥディと息を合わせてきました。ぼくは息をしませんが、慣用的な意味で
人間は一緒にいても、みんなが同じ時間を生きているわけではないんですねとコリー。

コリーに教えてあげなければ、人間には、言葉にしない限り、相手の本音がわかる機能などない。みんなあると思いこんでいるだけだと。とヨンジェ。

好奇心旺盛で、人にも馬にも、常に冷静で客観的な目を向けるコリーが、こんがらがった人間関係の糸をほぐし、それぞれに心の奥底に沈めて目を背けていた胸の内をさらけ出させ、殻を破って前へ、慌てず急がず一歩一歩勇気を持って進んでいけばいいことを、教えてくれる。

沢山の人が登場する。
誰もが一癖も二癖もあるけれど、誰もがいい人で、あの人にもこの人にも幸せになって欲しいと願わずにはいられなくなる。
そしてもちろん、コリーにも。
ロボットに「幸せ」はわからないというけれど、やっぱりコリーにも幸せになって欲しいのだ。
それがたとえ、青い空を見あげるときに感じるような、あるいは、空の色をどんな言葉で表現できるものかと考えているときのような、ささやかな「幸せ」であったとしても。