かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

2022年3月の読書

3月の読書メーター
読んだ本の数:21
読んだページ数:4425
ナイス数:541

ビトナ ソウルの空の下でビトナ ソウルの空の下で感想
ノーベル賞作家ル・クレジオの小説 Bitna, sous le ciel de Séoul (2018)の全訳。物語の舞台は韓国の首都ソウル。登場人物はすべて韓国人という設定だ。残酷さも苦みもたっぷり含んでいるはずなのに、なぜだかとても静かで穏やかで、時折うっとりするような甘みさえ感じさせる物語。こういう物語は、いつも、というわけではないけれど、しっくりぴったりくるときがある。私にとってはどうやら今がそのときのようだった。
読了日:03月31日 著者:ル・クレジオ
ふしぎなロシア人形バーバ (世界傑作童話シリーズ)ふしぎなロシア人形バーバ (世界傑作童話シリーズ)感想
ロシア人形のバーバには、みんながおどろく秘密が……とくれば、当然のようにロシアのお話かともうでしょ?でもこれ、店頭に売れ残ったり、人形遊びを卒業した子どもたちに忘れ去られた人形たちが集まってくらす「しあわせの国」のドールハウスを舞台にしたイギリスの児童文学なのです。バーバの秘密もさることながら、食べたり飲んだり、歌ったり遊んだり、勉強したり喧嘩をしたりといろいろな人形たちの仲の良い暮らしぶりもまた、たのしい一冊でした。
読了日:03月29日 著者:ルース エインズワース
民族とナショナリズム民族とナショナリズム感想
いわゆる「ナショナリズム」について考えてみたくて、まずは“古典的名著”と言われる本を読んでみた。書かれていることをすべて消化できたとはいいがたいが、まずはあれこれ考える糸口は得たという気はしている。
読了日:03月28日 著者:アーネスト ゲルナー
漱石の「行人」について漱石の「行人」について感想
毎度のことながら、宮本百合子の文学批評は、読み応えがあり、その先進性にも驚かされることも多い。今なら百合子のフェミニズム書評を集めた本があってもよさそうな気も。
読了日:03月27日 著者:宮本 百合子
夜をあるく夜をあるく感想
原題は“NOUS AVONS RENDEZ-VOUS”フランスの名高い文学賞、ランデルノー賞(子どもの本部門)を受賞し、フランスの児童文学賞、ソルシエール賞のショートリストにも選出された作品とのこと。ストラスブールで装飾芸術を学んだという作家が描くのは、はじめからおわりまで深く美しい青をバックに浮かび上がる夜の世界。目をこらすとそこには……。
読了日:03月26日 著者:マリー・ドルレアン
王女に捧ぐ身辺調査 ロンドン謎解き結婚相談所 (創元推理文庫)王女に捧ぐ身辺調査 ロンドン謎解き結婚相談所 (創元推理文庫)感想
このシリーズ、予想通り面白く、どうやらどっぷりはまってしまったよう。次作が待ち遠しい!
読了日:03月24日 著者:アリスン・モントクレア
おだんごぱん (日本傑作絵本シリーズ)おだんごぱん (日本傑作絵本シリーズ)感想
祝 #福音館70周年 1966年に瀬田貞二さんの訳と脇田和さんの絵で出版されたロシアの物語。おばあさんはなけなしの小麦粉でおだんごぱんを焼くのですが、焼き上がって冷ましている間にころころ転がって、家の外に飛び出してしまい…。原題はКолобок ロシアの民話が元になったとても有名な話なのだそうですが、同じような民話はヨーロッパ各地に伝わっていて、ポーランドではポンチキが、セルビアクロアチアではクラフネが、ノルウェーではパンケーキが転がるのだとか!
読了日:03月23日 著者: 
イスラーム精肉店 (韓国文学セレクション)イスラーム精肉店 (韓国文学セレクション)感想
物語の舞台は1980年代初め、イスラーム寺院のそびえ立つソウル梨泰院の路地裏。主人公兼語り手の「僕」は、孤児院を転々とした後、朝鮮戦争に従軍した元トルコ兵のハサンおじさんに引き取られる。一見なんのつながりもなさそうな寄り合い所帯のような面々が、路地裏でひしめき合って暮らしている。これはそんな物語だ。「甘くて酸っぱくてしょっぱくて辛くて苦い」。どこか懐かしく、人の記憶の奥底に沈んでいる「あの頃」を思い出させるようなにおいのする物語だ。
読了日:03月21日 著者:ソン・ホンギュ,孫洪奎
ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争 (講談社文庫)ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争 (講談社文庫)感想
再読。主な通信手段はファックスで、報道と言えば新聞とテレビだった20年前に比べ、SNSが普及した現在は、ますますPR会社の役割が大きくなってきているのだろう。戦争で儲かるのは軍需産業だけだと思っていたけれど、その認識はもう古いのか。ある意味PR会社も「武器商人」なにかもしれないが。
読了日:03月20日 著者:高木 徹
14歳から考えたい アメリカの奴隷制度 (A Very Short Introduction)14歳から考えたい アメリカの奴隷制度 (A Very Short Introduction)感想
書評サイト本が好き!を通じていただいた、オックスフォード大学出版局(Oxford University Press)の"Very Short Introductions" (VSI) シリーズの1冊。さまざまな分野について専門家が比較的簡潔な解説をしているシリーズ本の翻訳ということもあって、本書もまた豊富な註釈も含めて、わかりやすく丁寧に書かれた入門書となっている。14歳×○倍も生きてきた私だけれど、これからもあれこれ考えていきたいと思わせられる本だった。
読了日:03月17日 著者:ヘザー・アンドレア・ウィリアムズ
うっかりものの まほうつかい (世界傑作絵本シリーズ・ロシアの絵本)うっかりものの まほうつかい (世界傑作絵本シリーズ・ロシアの絵本)感想
祝 #福音館70周年 原題「Рассеяный волшебник」、懐かしい気持ちで手に取ったこの本の原書は、1945年に発表されて以来、多くの子どもたちに親しまれているという作品。おそらくはソ連の子どもたちにも、ロシアの子どもたちにも、ウクライナの子どもたちにも、楽しく読みつがれてきたということなのでしょう。いつの時代にあっても、国や地域、使う言葉が違っても、多くの子どもたちが同じ物語に耳を傾け胸躍らせる、そんな社会であって欲しいと思うと同時に、そういう社会を作るのはやはり、大人の責任だとも思います。
読了日:03月15日 著者:エヴゲーニイ・シュワルツ
らんたんらんたん感想
作家柚木麻子さんの母校でもあるという恵泉女学園創立者・河井道を中心に据え、その教え子で、親友でもあった一色(渡辺)ゆりと二人三脚、手を携えて女子学校教育に全力を注いだ様を描いたこの作品。近代日本の女子教育、婦人参政権、女性の地位向上、シスターフッドといった要素はもちちろん、同時代の有名人総出演!のエンタメ要素も、近代日本文学における女性の描き方といった文学論要素からも読み応えがあり面白かった。
読了日:03月14日 著者:柚木 麻子
読書セラピスト (海外文学セレクション)読書セラピスト (海外文学セレクション)
読了日:03月14日 著者:ファビオ・スタッシ
風に乗って来るコロポックル風に乗って来るコロポックル
読了日:03月13日 著者:宮本 百合子
韓国文学を旅する60章 (エリア・スタディーズ)韓国文学を旅する60章 (エリア・スタディーズ)感想
韓国の文学や文化に関心をもつ人に向けた、文学を手掛かりに韓国に旅立つための案内書。49人ものそうそうたる執筆陣が、古典から現代までの作家と作品について「場所」をキーワードに語りあげ、文学周辺の事情の理解を助けるコラムも収録しているといううたい文句のとおり、びっしりも字が詰まっていて、白黒ながら参考になる写真もあり、巻末の読書案内(書籍リスト)も充実。またまた読みたい本のリストを伸ばしてしまった。
読了日:03月12日 著者:波田野節子,斎藤真理子,きむ ふな
バンビ 森に生きる (福音館古典童話シリーズ)バンビ 森に生きる (福音館古典童話シリーズ)感想
祝 #福音館70周年 実は初読み。耳を澄ますとページの間から聞こえてきそうな、鳥のさえずり、木々のざわめき、動物たちの足音。読む前に想像していたような“かわいい”話では全くなく、森に生きる動物たちの営みが、その厳しさも含めて、いきいきとでも大まじめに描かれた物語でした。
読了日:03月10日 著者:フェーリクス・ザルテン
婦人デーとひな祭婦人デーとひな祭感想
3月8日は国際婦人デーだと、大手を振って言えるのも、先人たちの努力の賜。
読了日:03月08日 著者:宮本 百合子
フランスの高校生が学んでいる10人の哲学者フランスの高校生が学んでいる10人の哲学者感想
フランスでベストセラーとなったという高校生向け哲学書プラトンからサルトルまでの西欧哲学者10人が取り上げていられている。それぞれの思想を紹介するだけではなく、プラトンのアンチテーゼとしてのアリストテレスデカルトとの対比でスピノザが登場という具合。歴史的背景も付け加えられ、現代的な視点も忘れないが、その記述は簡潔で読みやすかった。
読了日:03月08日 著者:シャルル・ペパン
ミョンヘ (YA! STAND UP)ミョンヘ (YA! STAND UP)感想
【国際女性デー読書会】舞台は植民地時代の朝鮮。両班の家に生まれた14歳のミョンヘは、周囲から迫られていた結婚を先延ばしにし念願の進学を果たす。そうこれは家を離れて進学したことで新しい価値観に触れた少女の成長を描いたYA小説。祖国の困難な時代を描いた歴史小説でもあり、女であるが故に直面する様々な悩みや苦しみを描いたフェミニズム小説でもあった。
読了日:03月07日 著者:キム ソヨン
おじいちゃんとおばあちゃん (世界傑作童話シリーズ―はじめてよむどうわ 5)おじいちゃんとおばあちゃん (世界傑作童話シリーズ―はじめてよむどうわ 5)感想
くまくんシリーズの中で、私は一番これが好きかな。 祝 #福音館70周年
読了日:03月04日 著者:E.H.ミナリック
中国史SF短篇集-移動迷宮 (単行本)中国史SF短篇集-移動迷宮 (単行本)感想
とりわけお気に入りは「陥落の前に」「移動迷宮」「永夏の夢」。中国史には明るくないし、タイムトラベルものはイマイチ乗り切れないし…と躊躇っていたのがうそのよう。十二分に楽しめるアンソロジーだった。
読了日:03月01日 著者: 

読書メーター

気になる3月刊行本

とっても気になっているけれど、まだ入手できていない新刊本。

正直とてもすぐには追い切れないが、いずれ御縁がありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

路上の陽光

路上の陽光

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『ビトナ ソウルの空の下で』

 

ノーベル賞作家ル・クレジオの小説 Bitna, sous le ciel de Séoul (2018)の全訳。
物語の舞台は韓国の首都ソウル。
登場人物はすべて韓国人という設定だ。

訳者のあとがきによれば、このフランスの作家と韓国との関係はなかなか深く、この物語も作家がソウル市から、ソウルの街についてなにか書いて欲しいという委嘱を受けて、どうせかくなら旅行記などのエッセイではなく小説で…と筆を執ったのだという。

2017年の末にまず韓国語で、翌年にフランス語版の原書と英訳が同時に刊行されたというのも、こうした背景があってのことなのだろう。

そういえば、以前読んだ『嵐』という作品も、韓国南部の小島が舞台だったっけ。

今回の舞台は大都会ソウルではあるけれど、主人公の年若き女性ビトナは韓国南部の全羅道(チョルラド)の貧しい魚売りの家の出だ。
両親は裕福ではなかったけれど、娘には最高の教育を受けさせたいと考えて、借金をしてまでビトナをソウルの大学に進学させるのだ。

そうした期待を担って進学したビトナだったが、ソウルの暮らしは楽ではなく、学業もままならないほど困窮する。
そんなとき、いつも立ち読みをしていた本屋の店員から持ちかけられたのが、不治の病を抱えて寝たきりの女性サロメの枕元で、様々な話を語り聴かせるという“語り部”のアルバイトだった。

物語はビトナの日常と、ビトナがサロメに語って聴かせる物語から成っているのだが、単純な入れ子構造ではなく、幾つかの話が重なり合って、そうこうしているうちに即興で語られる物語とビトナを取り巻く現実の境目があやふやになっていく…。

残酷さも苦みもたっぷり含んでいるはずなのに、なぜだかとても静かで穏やかで、時折うっとりするような甘みさえ感じさせる物語。

こういう物語は、いつも、というわけではないけれど、しっくりぴったりくるときがある。
私にとってはどうやら今がそのときのようだった。

 

 

嵐

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『嵐』

 

嵐

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実を言うとル・クレジオの作品を読むのはこれが初めて。
それどころか、この本を読む前に、私がこの作家について知っていたことといったら
かつてノーベル文学賞を受賞したフランス語作家であるということと
「俳優か?」と思う様な端正な顔立ちの男性だということぐらいだった。

そんな私がなぜこの本を手にしたかというと
深い海の色を思わせる青地に
銀色の文字が浮かび上がる装丁に惹かれて手を伸ばしてみたところ
『ストーナー』『さびしい宝石』『孤児列車』といった
派手さはないが、しみじみと心にしみてくる様な味わい深い作品を多く送り出している
“作品社”という出版社の新刊だったからという理由に他ならなかった。

ところが読み始めてみるともう最初の数ページで、
すっかり作者の術中にはまったようで、
海のさざめきと風のざわめきに心を揺さぶられ
寂しくて、人恋しくて、たまらなくなった。
そのくせたった一人で、
この世界にどっぷりと浸ってしまいたいと思ってしまうのだ。

韓国南部の小島を舞台に、過去を引きずる初老の男と、
早く大人になって母とその恋人の住む家から遠ざかりたいと願う少女との
交わりを描いた「嵐」
アイデンティティーを奪われた娘が、
舞台をガーナからパリへと変えながらさまよい続ける「わたしは誰?」。

2つの中編小説は、それぞれ全く別の物語で、
味わいも明らかに異なるのだが、
どちらの作品にも、孤独にさいなまれる若い女性が登場する。
よせてはかえる波のように、少しずつ形を変えながら、
繰り返し描きだされる女性たちの寂しさは
その繊細なタッチからとても高齢の男性が描いたものとは思えない。

けれどもそれはもしかすると
読み手である私が女だから思うことで
あるいは世の中の男性たちも皆、
心の中に、抱えきれないほどの寂しさを隠し持っているのかもしれない。
そんなことをふと思いながら
行間から確かに聞こえてくる波音にじっと耳をすませる。

 (2015年12月28日本が好き!/2016年1月30日号図書新聞掲載

『ふしぎなロシア人形バーバ』

 

(あら、かもめ通信さん、またまたロシアのお話なの?)と思ったあなた!
実はちがうのです。
この物語を書き上げたのは、イギリスの作家ルース・エインズワースさん。

かべは白くて、やねは赤く、げんかんの右と左に、黄色いバラの植木鉢がおいてある四角いお家「バラやしき」を舞台にしたお話です。

それなら「バラやしき」はどこにあるのかって?
じつをいうと「しあわせの国」にあるのです。
ふつうのひとは、そこをおとずれることはできません。
店で売れなかったおもちゃや、家のなかでどこかにいってしまったおもちゃがいく国だからです。
ここでおもちゃは、みんないっしょに、仲良く楽しくくらしているのです。

黒のえんび服をきたおじいさん、フレデリックはピアノの名人。
髪の毛と目の黒いルルは、フランスの女の人。
いたずら好きの少年ウィリーに、みんなの世話をやくマーサ。
赤毛の女の子ベラ。

個性豊かな人形たちが住むこのやしきに、新しく加わることになったのがロシア人形のバーバなのです。

働き者で面倒見が良く、いつもやさしくなんでも器用にこなすバーバは、すぐにみんなとうちとけるのですが……。

でもなんだかちょっと、へんなのです。

夜中に起き出して、キッチンでつまみ食いをしているのは、本人がいうようにとっても食いしんぼうだからでしょうか?

みんなの留守に、大きさのちがうお揃いの服を山ほど洗濯していたのはどういうわけでしょう?

そうなんです。実はバーバには、みんなが驚く秘密があったのです。



賢明なあなたはもうおわかりでしょう?
このロシアの人形は、マトリョーシカ
おまけに名前が「バーバ」とくれば、バーバヤーガの流れをくんだ不思議な力も納得です。

この秘密もさることながら、食べたり飲んだり、歌ったり遊んだり、勉強したり喧嘩をしたりといろいろな人形たちの仲の良い暮らしぶりもまた、たのしい一冊。

いろんな違いがあったって、人形たちをみならって、みんなで仲良く暮らしていきたいものですね。

 

 

 

『民族とナショナリズム』

 

ナショナリズムとは、第一義的には、政治的な単位と民族的な単位が一致しなければならないと主張する一つの政治的原理である。との定義から始まる本書は、1983年の刊行以来、「第一級のナショナリズム研究書」と高く評価され、大きな影響を与えてきた“現代の名著”といわれるアーネスト・ゲルナーの著作Nations and Nationalism, (Cornell University Press)の完訳版だ。

奥付を確認すると初版は2000年となっているが、書かれたのは1980年代なので、文中にはユーゴスラビア問題なども出てくるのだが、さほど古くささは感じない。
むしろその分析と実際に起こったあれこれとを比較することもでき、なかなかに興味深くもある。

ナショナリズムの定義が「国家」と「民族」に依存するとなると、そもそも「国家」とはなにか、「民族」とはなにかというところから始めなければならないのは当然か。

「国家」については、マックス・ウェーバーの「国家とは、社会の中で正当な暴力を独占的に所有する機関である」という定義からはじめるにしても、「民族」の方はなかなかに厄介で、それを解き明かそうというわけだ。

ナショナリズムは、「民族と国家との結びつきは運命づけられている」と主張し、「一方が欠けると、他方も不完全なものとになり、悲劇が生じる」と言う。

しかしゲルナーは「国家も民族も偶然の産物であって、普遍的に必然なものではない。」「民族や国家があらゆる時代にあらゆる状況の下で存在するわけではない。」と断言する。

人類の歴史を紐解きながら、国家は明らかに民族の支援なしに現れたし、民族の中には明らかに自分たちの国家の祝福を受けずに現れているものもあると主張するのである。

国家が農耕社会に成立し、産業社会となった現在では国家のない場所はないというのは、まあ誰もが共通認識として持ちうるだろう。

他方、民族を、文化を共有する集団か、お互いに同じ民族であるとおもう意志に基づく集団であるとして、生物学や遺伝学に基づかずに定義するとなると、ここには異を唱える人もいるかもしれない。

そうこれは、偶発的でありながら、現代においては普遍的で規範的に見えるこの民族の概念を説き明かす試みでもあるのだ。


よくよく考えれば、当たり前のことなのかもしれないが、長い人類の歴史から見れば、現在社会を揺るがし続けている(ように見える)「ナショナリズム的な価値観」の歴史はまだまだ浅い。

正直に言えば、この本に書かれていることをあれこれ吸収できたとは言いがたいが、それでも読み終えた今、思うのだ。

人間社会はまだまだ発展途上、人類は直面する様々な問題を、共に乗り越えて、新しい価値観、新しい歴史を築いていけるものだと信じたい、と。

『孤児列車』

 

両親や弟妹、愛する人の幽霊と共に長い年月を生きてきたという91歳の女性ヴィヴィアンは、人生を振り返り、自分は運が良かったのかもしれないと思う。

彼女は9歳の時、理想の両親像の幽霊を与えられ、23歳の時、心から愛する人の理想像の幽霊を手に入れた。
幽霊には裏切られることも、失望させられることもない。

一方、17歳のモリーにとっては、人生は失望の連続だ。
亡くなった父はさておいて、夫の死から立ち直れずに麻薬に溺れて身を持ち崩した母、「今度こそは」と、わずかの期待をもつことすら許さなかった里親たち。
ゴシック・ファッションで身を固め、孤高の不良少女役に徹することで、モリーは自分自身を守ろうとしている。


1854年~1929年にかけてアメリ東海岸の都市から中西部へ、養子縁組のために20万人以上の孤児を輸送したという「孤児列車」。
児童救済協会の表現を借りると「彼らは暖かい家族に囲まれてかわいがられ、社会生活に順応できるよう教育を受けることができ、それが彼らのためになる」と考えられていた。
だが実際には、列車に乗せられた子どもたちの多くは、労働力として期待されており、きびしい環境下で肉体労働を強制され、虐待を受けた子どもも少なくない。
孤児たちが中西部の州に送られていった時代は、東部の州の町で孤児が増え、孤児院に収容しきれなくなった時代でもあり、人手がほしかった中西部の農家の要求にもかなうものだったのだ。
運良く望まれた家庭の子どもとして育てられたとしても、きょうだいが引き裂かれたり、自分の出自を知る手がかりを失っている場合も多かったという。

ヴィヴィアンはかつてその列車に乗せられて、見知らぬ町の見ず知らずの人びとの中に投げ込まれたあげく、いくつかの「家」を転々とさせられた経験を持つ。

今は独り暮らしの裕福な老婦人となったヴィヴィアンにそんな過去があったことを知る人はいなかったが、やがてもう一人の“孤児”モリーと共に、それまでずっと心に秘めてきた記憶をたどることになる。

タイトルとテーマからしてきっと少しばかり堅苦しい本に違いないと思いながら、ページをめくり始めたのだが、ヴィヴィアンの過去とモリーの現在が並行して語られていくせいか、意外なほどに読みやすく、物語に分け入っていくことができた。

エンディングはいささか都合良すぎて拍子抜けするところもあるが、それでも物語の裏に秘められている語られることのない、かつての、そして現代の、沢山の子どもたちの困難な人生に思いをはせて、こみ上げてくるものがある。

           (2015年08月16日 本が好き!掲載