かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『脂肪の塊/ロンドリ姉妹~モーパッサン傑作選』

 

光文社古典新訳のこの本は、モーパッサンの多面的な文業やその魅力を紹介することをめざして編んだという中・短篇アンソロジー(全三巻)の第一弾。
このシリーズは各巻に中編の秀作を最低二篇おさめ、他社の文庫で現在容易に読むことの出来る作品はなるべく除外するという方針で編まれているのだという。
本書収録作品は「聖水係の男」「冷たいココはいかが!」「脂肪の塊(ブール・ド・スュイフ)」「マドモアゼル・フィフィ」「ローズ」「雨傘」「散歩」「ロンドリ姉妹」「痙攣(チック)」「持参金」の十篇。

「ローズ」や「持参金」のようにオチのある小咄的なものから、“エドガー・ポーの小説に出てくるようなやせて青白い顔をした父娘が体験した話…という「痙攣」のようなホラーもあり、 「脂肪の塊(ブール・ド・スュイフ)」や「マドモアゼル・フィフィ」のように戦争や愛国心を絡めて人々の胸の内を鮮やかに描き出すような作品も。
この一冊でいろいろな味が味わえる、興味深い作品集だといえるだろう。

本書の目玉はやはり「脂肪の塊」。

ご存じブール・ド・スュイフは、ヒロインの娼婦エリザベート・ルーセの愛称だ。
訳者解説によれば「脂肪のボール」ぐらいの意味で、いくらなんでも「塊」ではイメージが悪かろうとおもわれるものの、既にこのタイトルで代表作として定着していることもあって、そもまま使用しかっこ書きをつけたということ。

肉感的なみずみずしい容姿の色っぽいこの女性は、妻を連れた貴族や工場主や商人、ふたりの修道女と活動家の男とともに乗合馬車に乗り込む。
一行はプロイセン軍が占領するルーアンを抜け出して、ディエップに向かおうというのだった。

ところが途中立ち寄った宿で一行はプロイセン軍から足止めくらう。
その理由が、ブール・ド・スュイフが彼女と寝たいプロイセン士官の望みを、頑として受け付けなかったからだと知った同行者たちは、あの手この手で彼女を説得するのだが……。

乗合馬車に乗り込んだ面々が当時の社会の縮図であるように、人の心の浅ましさもまた赤裸々でブール・ド・スュイフに同情を禁じ得ない。


続けて収録されている「マドモアゼル・フィフィ」と併せて読むとまた違った味わいも。
この「マドモアゼル・フィフィ」は女性ではなくプロイセン軍の士官のあだ名だ。
この「マドモアゼル」、華奢な見かけとは裏腹に、既に占領している屋敷やその収蔵品を次々と破壊して憂さ晴らしをする暴力的な人物なのだ。
退屈したプロイセン軍の兵士たちは、フランス人の娼婦たちを呼び寄せて宴会を開くが、そのさなか「マドモアゼル」に手荒い扱いを受けた娼婦の一人が彼の喉元にナイフを突きつける。

「脂肪の塊」と比較したとき、その後の展開がなおさら興味深い気が。

作品の背景にあるのは作家自身も従軍した普仏戦争

プロイセン軍への嫌悪を露わにしていることはもちろんだが、娼婦をはじめ社会的身分が低いとされる人たちの自尊心や愛国心、自己犠牲の精神を描くことで、地位や名声をもつ富裕層の身勝手な小物ぶりをより鮮やかに描き出すのだった。