かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『吹きさらう風』

 

嫌な音は何キロも前からしはじめていた。その前の晩にトスタードの小さな宿に着いたときは、もう聞こえていた。
 レニは、出発する前に点検してもらおうと言ったが、牧師は聞く耳を持たなかった。
「この車が私たちを見棄てるわけがない。そんなことは、主がお許しにならないさ」
 十歳からハンドルを握り、父と交代で運転してきたレニは、車の立てるのがどんな音ならただの雑音で、どんな音なら要注意か心得ていた。
「出る前に、修理工場で診てもらったほうがいいってば。腕のいい安いとこがないか、ここで聞いてみたらいいじゃない」と、今朝早くスタンドでコーヒーを飲んでいるときもしつこく言った。
「持っていったら、一日待たされることになる。神を信じよう。この車がこれまで途中で壊れたことなどあるか?言ってみなさい。」
 レニは黙った。言い合っても無駄だった。いつでも結局は父の思いどおりにしかならないのだ。彼に言わせれば、神がそうお望みだから、というわけだった。



十代の娘レニを伴って、辺境の地をめぐり布教活動を続けているプロテスタントの牧師ピルソン。
二人を乗せた車は、人里離れた荒野の一本道で動かなくなり、ようやく通りかかったトラックによって、自動車整備工グリンゴの元に牽引されていく。

原題は“El viento que arrasa”
1973年生まれのアルゼンチンの作家が描き出すのは、車の故障と嵐によってもたらされた一昼夜足らずの出来事。
主な登場人物は、牧師とその娘、自動車整備工グリンゴとその息子とおぼしき10代半ばの少年タピオカことホセにグリンゴの飼い犬バヨ。
それぞれの回想はあるにしても、派手な演出も大きな事件もない、とても静かな物語だ。

にもかかわらず、灼熱の太陽と熱風に舞い上がる砂埃がもたらす息苦しさや喉の渇きに、頁をめくりながら思わず咳をしてしまう。

そうして、本を閉じた後も、四人と一匹の現在と語られた過去と共に、語られることのない未来について、想いをはせる。