かもめもかも

かもめのつぶやきメモ

『驟雨』

 

美しく趣きのある装丁と“韓国文学の源流”という言葉に惹かれて手にしたのは、“朝鮮自然主義文学の祖”とも言われる1897年生まれの作家、廉想渉(ヨム・サンソプ)の後期代表作。
1952年~1953年にかけて朝鮮日報に掲載された連載小説だ。

訳者解説によれば、1950年に朝鮮戦争が勃発した折、逃げ遅れた作家は北の人民軍の統括下で三ヶ月の隠遁生活を強いられたのだという。
これに懲りた彼は先輩文人らと共に海軍に入隊。
政局が小康状態となった時期に軍人でありながら、新聞連載小説を執筆したというのである。

そう聞けば、戦意高揚を狙った小説なのかと考えるのが普通だと思うのが、ところがこれ、全くそういう話ではない。


朝鮮戦争が勃発し、ソウルの街は混乱。
貿易会社の金社長は秘書で愛人のスンジェを連れて車で街を脱出しようと試みる。
二人は運転手との他にもう一人、なりゆきで同行することになった申永植を伴っていた。
ところが、橋が落とされて漢江を渡ることができず、一行はやむなくソウルに引き返す。
金社長はとりあえず永植の家に身を寄せ、人知れずその床下に全財産を隠すのだった。

夫の居場所を知った社長夫人は、永植の家に押しかけてきて、その面倒をみるという。
愛人のスンジェは追い出される形になるが、そのとき既に彼女の心はすでに永植に傾いていた。
だが永植には、親友の妹・明信という恋人がいる。
この明信、実は会社の会長の娘でもあり、両親と共に一足先にソウルを脱出していたのだった。
やがてソウルに北の人民軍がやってきて……。

戦闘や爆撃に巻き込まれて命を落とす恐怖だけでなく、人民軍に徴用されて義勇軍兵士として戦場に送られるという恐怖も加わって、緊迫感いっぱいの場面に、離ればなれになった恋人と、目の前にいる美しい女性の間で揺れる男心や、打算も計算も得意ながら一途なところも持ち合わせる複雑な女心、一人息子の嫁取りにあれこれ思うところのある母親の気持ちまで加わって、ぐいぐい読ませる。

生き生きとした文体は読みやすく、日本の近代文学好きの読者にもお勧め。

谷崎ばりの女のなまめかしさといやったらしさ(!)、藤村ばりの社会描写(!)、花袋ばりの立ち上る匂い(!)も楽しめるかも!?